「がん治療」への願い 研究者が語るADC技術とその未来

がんの薬物療法における
世界初の成果
「DXd ADC技術」。

第一三共が確立した「DXd ADC 技術」は、従来よりも有効性の高い抗体薬物複合体(以下ADC)の創製を可能にしました。さらに、抗体を変更することで異なる種類の ADC をつくり出せるという独自の優位性も持っています。この技術は、いかなるプロセスを経て生み出されたのかをお伝えします。

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PROJECT
OUTLINE

ADC黎明期の2010年、
第一三共で研究チームが発足。

がん治療における「低分子医薬」の強みとして、がん細胞に対する高い薬効が挙げられるが副作用という弱点もある。一方、「抗体医薬」の強みは、がん細胞に発現した抗原を高精度で捕えられる点にある。薬物を抗体に結合させた ADC は、この両方の強みを併せ持つ。
ADC のコンセプトは、1900 年代にドイツの学者によって提唱され、製薬業界は長年にわたって ADC の研究開発に取り組んできた。しかし長らく実用的な ADC の実現は叶わず、2000 年代にようやく 1 例目の ADC が承認。それ以降も、より実用的な ADC の実現に向けて研究開発が続けられてきた。そうした状況の中、第一三共は 2010 年に新たな ADC 技術の確立に向けた研究チームを発足した。

新たなADC技術の確立において
ポイントとなった3つの要素。

特定の抗原を的確に捕え、薬物をデリバリーする「抗体」。標的までデリバリーされ、がん細胞を集中的に攻撃する低分子医薬「ペイロード」。これらの選定や改良が、新たな ADC 技術を確立するうえでの大きなテーマだった。抗体研究に関しては、三共時代より受け継がれてきた確かなノウハウがある。新たな ADC 技術の研究開発にあたって用いる抗体として、乳がんでの発現例が多い抗原に対して有効な抗体が選定された。
では、その抗体との結合に適した薬物とは? 研究チームはその選択肢として「DX-8951」を選んだ。それは、第一製薬時代に研究開発が進められていた薬物。高位の段階まで臨床試験が進んだものの、最終的には開発が中止となった経緯がある。この DX-8951 の改良に取り組むことが重要なテーマのひとつとなった。
そしてもう一点、抗体およびペイロードと併せて重要視された要素がある。それは、抗体とペイロードを結合するジョイントの役割を担う「リンカー」の開発だった。

新たなADC技術の確立に成功し、
複数の創薬プロジェクトを推進。

当時の技術水準では、薬物リンカーによってひとつの抗体に結合可能だったペイロードの数は平均 3.5~4 個。あくまで平均値のため、実際に結合される個数は 1 個、2 個、3 個、4個、5 個など、薬物結合数の異なる ADC の混合物であった。
こうした状況を鑑み、新たなADC 技術の確立を目指すにあたって「抗体に均一個数のペイロードを結合させる」という目標を掲げた。理論上ひとつの抗体に結合可能なペイロードの数は 8 個であり、こうして、最大 8 個のペイロードを安定して結合できる薬物リンカーの開発が進められることとなった。
その後、研究チームが目標としていたデータを示す「抗体」「ペイロード」「リンカー」を実現。2013 年、バイオ統括部の設置を機に研究をさらに加速し、第一三共独自の新たな ADC 技術「DXd ADC 技術」の確立に成功した。2022 年現在、抗体の変更により多種多様な ADCが創製できるこの技術を活用して、合計 7 つの ADC 創薬プロジェクトが進められている。

VOICE OF RESEARCHER

研究統括部 オンコロジー第二研究所 所長
阿部 有生 Yuki Abe

組織横断的にメンバーを選抜。
妥協なき議論が成功の鍵に。

2015 年に DXd ADC 技術の対外発表を行った際に、多くの反響をいただき、この技術のインパクトの大きさを改めて実感しました。しかし 2010 年の研究開始当時を振り返ると、研究チーム発足に対する社内の関心度は決して高いとは言えませんでした。当時の第一三共は、抗体医薬品の研究開発に舵を切ったばかりだったからです。
研究チームは、所属や専門性の垣根を超えて選抜された 15 名程のメンバーでスタートしました。私は研究チームリーダーとして、各メンバーの研究内容の取りまとめや、テーマの方向性の提案・調整などを担当。研究実務においては、薬物と ADC の生物活性評価プロセスの考案、in vitro 評価などを務めました。
研究チームのメンバーは、誰もが創薬とがん治療への情熱に満ちていて、議論の場は白熱しました。誰ひとりとして妥協せず、専門家として、まもるべき一線を譲らない。全員が納得するまで何時間でも議論を続けていました。仮に議論を重ねるプロセスで妥協を重ねていたら、DXd ADC 技術の研究開発は頓挫していたでしょう。

三共の抗体、第一製薬の薬物。
重なり合った両社の研究成果。

DXd ADC 技術の確立を目指すうえでポイントとなった「抗体」と、抗体に結合させる低分子医薬「ペイロード」について、抗体研究に関しては三共時代からのノウハウがありました。一方、薬物として選定・改良された DX-8951 は第一製薬の成果物です。
つまり、三共と第一製薬の経営統合により、両社の研究成果が図らずもひとつに重なったことになります。薬物の候補としてさまざまな化合物の薬効評価を行う中、最も有望な成績を残したのがDX-8951 でした。第一製薬時代、開発が中止となった経緯がありましたが、過去に築き上げた研究成果が日の目を見る、またとない機会が巡ってきたことになります。

DXd ADC技術の確立に貢献した、
従来の常識を覆す薬物リンカー。

最大 8 個のペイロードを安定して結合できる薬物リンカーを開発できたことは、非常に意義のあることでした。研究目標を立てた当初は、本当にそんなことが可能なのかという思いもあったのです。それだけに、8 個を安定して結合できることを示すデータが出たとき、チーム全体のモチベーションが一層高まったのを覚えています。それにより、抗体を変更することで異なる種類の ADC をつくり出せるという優位性の実現が、現実味を帯びることになります。

がんに苦しむ患者さんを救いたい。
その思いが、創薬に挑む原動力。

抗体を変更してさまざまな ADC を創製できる優位性を生かし、2022 年現在において臨床フェーズで 5 つ、非臨床フェーズで 2 つの DXd ADC プロジェクトが進められています。その中で最も臨床試験を先行していた HER2 ADC は、特に乳がんに対して高い有効性を示し、短期間の審査で承認に至りました。2020 年に日本とアメリカで、2021 年にはヨーロッパでも販売が承認され、今もさまざまな臨床試験が行われています。
私たちが創薬に取り組む原動力は「がんに苦しむ患者さんを救いたい」という強い思いです。第一三共が組織全体で生み出した成果によって、多くの患者さんの助けとなれていることを嬉しく思います。今後もがん治療の発展に貢献し、より多くの患者さんの助けとなれるよう、研究員とともに、全身全霊で取り組み続けていく覚悟です。

若い世代への願い。
第一三共のこれから。

DXd ADC 技術に関して、私たち研究チームは 0 から 1 を創出するフェーズを担いました。1 から先は、製造や分析評価、臨床開発や承認申請といった CMC、開発、薬事関連など多岐にわたるプロセスが進められていきます。この中のひとつでも何かが欠ければ、創薬が叶うことはありません。新薬を実際の治療薬として患者さんに使っていただける状況を実現することが、創薬というプロジェクトの大きな流れなのです。
また、臨床現場において DXd ADC の治療効果が薄れるケースを想定して、ADC の新技術の開発なども進んでいます。今の私は研究全体の方向性を策定する役職のため、今後、研究開発の第一線を担っていくのは若い研究者たちです。あるいは今、第一三共への入社をお考えの皆さんが、近い将来そうした立場を担っていることでしょう。皆さんを含めた次代を担う方たちに、第一三共の文化を、研究技術を、成果を、この先の未来へとつないでいってほしいと思っています。そして将来、DXd ADC 技術確立を凌駕する新たな成功体験を次々と生み出してくれることを願ってやみません。

NEXT CONTENTS

  1. 「未来」 の願い。
    わたしが 実現する理想
  2. 「世界」 の願い。
    世界への 挑戦最前線