デジタルトランスフォーメーション(DX)の基盤構築を進める中、第一三共は2025年1月に、革新的な創薬データプラットフォームの確立を目指し、米国カリフォルニア州サンディエゴに最先端技術を導入したスマートリサーチラボ(SRL)を設立しました。
未来を切り開く研究拠点として期待されるSRLについて、企画から準備、設立まで一貫して携わってきた礒山毅さんにお話を伺いました。
絶え間なく生み出される莫大なデータや進化し続けるデジタル技術は、社会・経済・環境・医療、そして私たちの日常に至るまで、あらゆる仕組みを根本から変えつつあります。その中で第一三共は、データとデジタル技術を駆使して新たな価値を生み出すDXに積極的に取り組んでいます。
DXによる未来の医薬品開発に向けた取り組みの一環として設立したのが、SRLです。SRLでは、ロボット技術の導入と自社開発の高機能ソフトウェアにより、創薬研究を高度に効率化し、データを創出し、利活用しやすい形で集約できるようになります。この取り組みは、迅速に開発候補薬物を生み出すだけでなく、AIを用いた次世代創薬プロセスに不可欠な、膨大なデータを収集するための重要な一歩となります。
入社以来、国内外の研究施設で多種多様な創薬研究に携わってきた礒山さん。そこで培った経験から、DXによる創薬研究のさらなる進化の可能性を強く感じ、SRLの設立を会社に提案し、立ち上げまでを主導してきました。
SRLの位置付けについて、礒山さんは次のように話します。
「第一三共のDXビジョンでは、研究開発分野における重要な施策の1つとして、創薬の研究空間やプロセスに、デジタル技術を組み込んでスマート化を図る“ラボスマーティフィケーション”を掲げています。これは、第一三共における次世代創薬を支えるエンジンとなる取り組みだと考えています。その実現に向けて具体化したのが、自社開発の高機能ソフトウェアによって最先端ロボティクスを統合的に制御し、効率的なデータの創出と収集を行うSRLなのです。」
SRLは一連の流れをシームレスに行える動線が意識された構造となっており、研究者とエンジニアが近距離で連携できるような施設内の空間配置を実現しています。第一三共として、米国内で自ら創薬研究拠点を立ち上げるのは初めての試みであり、礒山さんも試行錯誤を重ねながら準備を進めてきたといいます。
「SRLの立ち上げでは、技術面だけでなく、ビジネスを中長期的に構築・維持する仕組みづくりが大きな課題でした。私は創薬研究分野については経験を積んできましたが、法務・調達・財務といったビジネス面の経験は乏しかったため、アライアンスや法務、調達、財務を専門とするグローバルのエキスパートと緊密に連携し、経営陣の説得や設立準備などに取り組んできました」。
SRLの設立目的は、第一三共の研究プロセスに革新をもたらし、医薬品開発を加速させることで、世界中の患者さんに革新的な治療薬を迅速かつ効率的に届けることに繋がります。この目的を共有することで、多くの関係者から理解や納得を得ることができました。サンディエゴは、ライフサイエンスやバイオテクノロジー分野の集積地として知られており、AI創薬やロボティクス分野の企業・大学との連携機会も豊富です。最先端の技術者が集まるこの地に拠点を構えることで、グローバルな研究体制の強化にもつながっています。
SRLのイメージ図
SRLでは、自社開発の統合制御ソフトウェアによる実験装置の自動化によって、創薬研究を24時間365日効率的に進めることができます。そのために、実験デザイン、サンプル管理、ロボット制御による実験の実施、実験に関連するすべてのデータの取得とクラウド環境上での統合などを調整・制御(オーケストレーション)するソフトウェアを第一三共で新たに開発しています。「作業の自動化にとどまらず、創薬データフローの全体像を捉え、利活用を見据えたデータ創出と管理の最適化をしていることがSRLの特徴です」と礒山さんは話します。
このソフトウェアは、膨大なデータの自動収集やAI解析にも対応可能です。これにより、多角的なデータが活用しやすくなることで、研究の再現性と生産性を大幅に向上させるとともに、新たな科学的に発見につながることが期待されます。実験における物理的な作業は、信頼性の高い既存のロボットシステムや自動化装置を活用しつつ、様々な研究プロセスを制御するソフトウェアは自社仕様で構築。これにより、既存技術を迅速に導入しながら、自社の研究フローに最適化された統合プラットフォームを実現しています。
実験計画の入力からロボットによる実行、データ保存までを一元化することで、人による手作業や対応時間を大幅に削減し、実験やデータの信頼性を高めることができます。様々な条件での検体評価も大規模に実施でき、24時間稼働が可能となることで、スクリーニングや評価の高速化につながります。
礒山さんは、SRLが研究者にもたらす価値について、次のように語ります。
「創薬実験には、反復的で時間のかかる作業が多くあります。それらは重要である一方で、研究者の時間と集中力を奪いがちです。SRLでは、こうしたルーチンワークをロボットと自社ソフトウェアが代行し、研究者を単純作業から解放します。その結果、仮説立案や戦略設計などの高付加価値業務に専念できる環境が整うことが期待されます。」
SRLは、第一三共の未来を切り開く研究拠点として、創薬研究の新しいスタンダードを築きつつあります。
ロボット技術と自社開発ソフトウェア、そしてFAIR原則(Findable:見つけやすい、Accessible:アクセスしやすい、Interoperable:相互運用可能、Reusable:再利用可能) に基づくデータ活用を通じて、研究者が本来の創造性を発揮できる環境を実現し、グローバルな連携とイノベーションの加速を支えています。
SRLの挑戦は、これからの第一三共の創薬研究の在り方に大きなインパクトを与え、世界中の患者さんに新しい希望を届ける原動力となるでしょう。
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高い専門性を持つ研究者たちが協働できる組織を目指して
科学的知識を活かし、患者さんたちの医薬品へのアクセスを促す。STEM領域で活躍するNadine Sprangersさんの歩みと女性たちへのメッセージ
オンコロジー分野の創薬研究や臨床開発に情熱を注ぎ続ける。プレシジョンメディシン研究のリーダ ーの歩みと想い
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