血管収縮止血・喘息治療薬の「ボスミン」と第一製薬の社屋(1929年頃)

「純良医薬品の創製」を実現。創業時の想いを貫いた、第一製薬の新薬製造

2022年11月09日
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第一三共の前身のひとつである第一製薬となるアーセミン商会。1915年に設立され、第一次世界大戦によってドイツからの輸入が停止した梅毒治療薬「サルバルサン(一般名アルスフェナミンの商標)」の国産化に挑みました。翌年、その研究に成功し、有効性が証明された「ネオ・ネオ・アーセミン」を発売すると、質の高さが評判になり注文が増加。1918年1月には「第一製薬株式会社」へと組織変更し、事業を拡大していきます(「国産サルバルサン」のストーリーはこちら)。

国産サルバルサンのトップメーカーに成長

株式会社への変更後もネオ・ネオ・アーセミンの売上は順調でしたが、次第に原料の薬品ハイドロサルファイトが品薄になり、生産に支障をきたす恐れが出てきました。当初から原料の薬品もすべて国産化することを目指していた第一製薬は、かねてから試製に取り組んでいたハイドロサルファイトの自給体制を整えます。その後、量産体制も確立し、1919年からは還元漂白剤として市場にも供給を開始。工業薬品の製造にも踏み出しました。

1920年には、アーセミンのほか、「ネオタンワルサン」や「純ネオタンワルサン」といった製品ラインを充実させ、サルバルサンのトップメーカーへと成長していきます。しかし、そこで慢心することはありませんでした。

創業当初の想いを受け継ぎ、新薬製造にも着手

アーセミン商会は設立当初、「近代医学と直接結びついた学術的に権威ある純良医薬品の創製」という理想を掲げていました。その熱意は、第一製薬にも引き継がれます。

1922年11月、サルバルサン以外の新薬の製造がスタートしました。そして、翌年3月に陣痛促進・子宮出血止血剤の「ルタミン注射液」を、4月には栄養・強心・解毒剤の「無水葡萄糖」および「葡萄糖注射液」を発売します。

さらに、血管収縮止血・喘息治療薬の「ボスミン」の製造・発売にも至りました。ボスミンは、副腎から抽出されるホルモンのアドレナリンと同じ組成の薬です。アメリカで特許が取られていましたが、第一製薬では、それとは異なる方法で合成に成功しました。そうして国産の合成アドレナリンの先駆けとなり、新薬メーカーとして高い評価を受けるようになります。

ちなみに、アドレナリンを副腎から初めて抽出することに成功し、アメリカで特許を出願したのは、研究者兼実業家の高峰譲吉。第一三共のもうひとつの前身、三共の初代社長となる人物です(高峰の「アドレナリン」抽出のストーリーはこちら)。また、第一次世界大戦前にサルバルサンをドイツから輸入していたのも、その三共でした。

別々にイノベーションに挑んでいた第一製薬と三共の道が交差しつつ、後にひとつになり、現在の第一三共となっていることには、不思議な縁があるのかもしれません。

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