がんを取り巻く環境

1. がんについて

がんは日本においても世界においても、罹患率、死亡率が高い疾病のひとつであり、2020年には、世界で約1,900万人※1もの人が新規にがんに罹患しています。日本において、がんは、1981年より死因の第1位であり、2022年には、年間38.5万人※2が亡くなりました。こうしたことから、依然として、がんは、人類の生命と健康にとって重大な問題です。
※1 出典:GLOBOCAN 2020, Sung et al., CA Cancer J Clin.  ※2 出典:厚生労働省 令和4年(2022)人口動態統計

主要死因別死亡率の年次推移(日本)

出典:厚生労働省「人口動態統計」をもとに当社にて作成

2. がんの治療

がんの治療は主に、「全身療法」と「局所療法」の2つに分けられます。全身療法には薬物療法があり、局所療法には外科的療法と放射線療法があります。

   種 類  特 長
 全身療法  薬物療法  ・血液がんや、転移等で局所療法が困難な場合は薬物療法が主体
   外科的療法  ・原発巣にがんがとどまっている場合は治癒も可能
 局所療法  放射線療法  ・手術によって臓器を切除することなく治療効果を発揮
 ・薬物療法や外科的療法と併用されることもある

3. がん治療薬の市場

将来の世界の医薬品市場を治療領域別にみると、2028年の市場規模予測が最も大きい治療領域は、がん領域で63.8兆円に拡大すると見込まれています。がん領域は、医療が進歩する中にあっても、いまだ満たされていない医療ニーズが高く、革新的な医薬品の創薬が望まれていることから、2024年から2028年までの年平均成長率は14%~17%と、医薬品市場の成長を牽引すると見込まれています。

治療領域別での市場規模予測と成長率予測

2028年医療領域市場規模予測:1位:がん領域63.8兆円、2位:免疫疾患領域27.8兆円、3位:糖尿病領域26.7兆円、4院心臓血管領域18.3兆円、5位中枢神経領域14.9兆円、6位呼吸器領域14.4兆円

出典:IQVIA INSTITUTE, Global Use of Medicines 2024 OUTLOOK TO 2028をもとに当社作成

  • ※1治療領域の名称は原文では英語表記だったものを弊社にて和訳しました。原文の表記は以下の通りです。
    ランク1から順に、Oncology, immunology, diabetes, cardiovascular, CNS (central nervous system), respiratory
  • ※2 1ドル=145円で換算

「5DXd ADCs and Next Wave」戦略

当社グループは、5つの主力抗体薬物複合体(5DXd ADCs※1)の製品価値最大化を目指してリソースを集中投入するとともに、持続的成長の実現に向けてSOC※2を変革する製品群(Next Wave)の創薬を目指す「5DXd ADCs and Next Wave」戦略のもと、研究開発に取り組んでおります。

  • ※1 5DXd ADCs:エンハーツ®、Dato-DXd、HER3-DXd、DS-7300 (I-DXd)、DS-6000 (R-DXd)
  • ※2 SOC(Standard of Careの略):現在の医学では最善とされ、広く用いられている治療法

(2023年10月現在)

第一三共のDXd ADC技術

1. 抗体薬物複合体(ADC)について

ADCとはAntibody Drug Conjugate(抗体薬物複合体)の略で、抗体にリンカーと呼ばれる部分を介して化学療法剤であるペイロードを結合したものです。がん細胞を標的とする抗体に強力な化学療法剤を載せてがん細胞へ運んでもらい、がんを効果的にたたくことを狙った薬剤です。(化学療法剤と分子標的薬については、コラムに記載)

このADCのアイディアは昔からありましたが、技術的なハードルなどもあり、開発が成功し承認された薬剤はまだ少ない状況です。


抗体薬物複合体とその作用を表現した図

化学療法剤と分子標的薬について:詳しくはこちら

従来、がんの薬物療法の中心は化学療法剤でした。化学療法剤は、増殖の盛んな細胞に対して作用する低分子薬剤ですが、消化器や骨髄など、正常な細胞が分裂・増殖することで機能を維持する組織にも影響を及ぼすため、これが副作用となって現れます。

これに対し、分子標的薬は、がん細胞に高発現する遺伝子やタンパク質を標的とするため、正常細胞に及ぼす影響は小さく、分子標的薬独自の副作用はあるものの、従来型の化学療法剤で見られるような副作用が比較的少ないのが特長です。(抗体医薬は代表的な分子標的薬です。)

化学療法剤と分子標的薬の作用の違いを表現した図

2. 第一三共のDXd ADC技術の特徴

当社独自のDXd ADC技術は、リンカーとペイロードに特徴があります。

リンカーの特徴としては、抗体1つあたり最大8個のペイロードを搭載できることで、多くの薬物をがん細胞に送り込むことができます。また、血液中での高い安定性により、薬物が、がん細胞に到達する前に放出されることを抑える一方、がん細胞内で多く発現する酵素で選択的に切断される特徴があります。

ペイロードは、新規で強力な薬剤である「DXd」で、周囲のがん細胞にも作用するバイスタンダー抗腫瘍効果を発揮し、抗体から外れた後、血液中から速やかに代謝される特徴があります。

 


抗体薬物複合体(ADC)イメージ図。抗体、リンカーとペイロードから成る

      リンカー      
 特徴1: 抗体1つあたり最大8個のペイロードを搭載可能  
 特徴2: 血液中での高い安定性
 特徴3: がん細胞に多く発現する酵素で選択的に切断
 
    ペイロード    
 特徴4: 新規ペイロード(DXd)
 特徴5: 強力な活性
 特徴6: バイスタンダー抗腫瘍効果
 特徴7: 血液中からの速やかな代謝

抗体薬物複合体(ADC)と第一三共のDXd ADC技術 <動画> 5分38秒

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バイスタンダー抗腫瘍効果について:詳しくはこちら

がん細胞に取り込まれたペイロードが周りのがん細胞にも作用する効果です。がんは、抗原が発現しているがん細胞と、抗原が発現していないがん細胞が混在した状態にあります。標的となる抗原が発現していないがん細胞が多く混在した腫瘍に対しても、バイスタンダー抗腫瘍効果によって有効性が期待されます。

バイスタンダー抗腫瘍効果について説明した図

また、同じペイロードとリンカーを様々な抗体と組み合わせることで、異なる標的を狙った薬剤に展開することが可能である点もDXd-ADC技術の特徴です。

3.5DXd ADCs

(各DXd ADCのイメージ図をクリックすると、それぞれの詳細説明をご覧いただけます。)

エンハーツ®
(抗HER2 ADC)

Dato-DXd
(抗TROP2 ADC)

HER3-DXd
(抗HER3 ADC)

I-DXd
(抗B7-H3 ADC)

DS-6000
(抗CDH6 ADC)

■エンハーツ®(一般名:トラスツズマブ デルクステカン)

日本国内用エンハーツの外箱とバイアルの写真

エンハーツは当社独自のDXd ADC技術を用いて創製したHER2を標的とするADCです。

本剤をより早く、より多くの患者さんに届けるため、がん領域事業において豊富な経験を持つアストラゼネカと共同開発・商業化を進めています。

■ 提携の概要

開発 ・単剤・併用療法を共同開発
・開発費用を折半
販売 日本を除く地域 両社が共同販促し、損益を折半
日本 当社が単独販売
地域別の製品売上計上
・当社
日本、米国、当社が拠点を有する欧州およびその他の地域
・アストラゼネカ
中国、オーストラリア、カナダ、ロシア
製造 当社が製品を製造、供給

■受領対価

契約年月
(契約時開発ステージ)
2019年3月
(フェーズ2)
契約時一時金 1,485億円
開発マイルストン等(最大) 4,180億円
販売マイルストン (最大) 1,925億円
最大総額 7,590億円
(1ドル=110円換算、契約締結時の為替レート水準)

 

2020年1月にHER2陽性乳がん3次治療の適応で、世界に先駆け米国で発売し、その後、販売国・地域を日本、欧州、アジア・中南米などに拡大中です。

新規適応の取得も着実に進展しています。従来の標準治療薬T-DM1と比較して無増悪生存期間※1の前例のない改善を示すDESTINY‐Breast03試験の結果をもとに、2022年5月に米国においてHER2陽性乳がん2次治療の適応を取得し、販促を開始しました。その後、欧州、日本においても適応を拡大し、2023年6月に、本適応で中国において新発売しました。

※1 無増悪生存期間(Progression Free Survival;PFS):治療中及び治療後に病勢進行せず安定した状態の期間

~ DESTINY‐Breast03試験結果(2022年12月、サンアントニオ乳がんシンポジウム 発表データ) ~

DESTINY-Breast03試験結果チャート(サンアントニオ乳がんシンポジウム2022)

  • エンハーツ®の病勢進行もしくは死亡のリスクはT-DM1と比較して67%減少 (PFSのハザード比0.33)
  • 無増悪生存期間(PFS)の中央値はT-DM1の6.8ヶ月(95%信頼区間 5.6-8.2ヶ月)に対し、エンハーツ®では28.8ヶ月 (22.4-37.9ヶ月)

 

エンハーツ®はDESTINY‐Breast04試験においてHER2低発現乳がん患者さんの治療を変革するに値する結果を示し、HER2低発現乳がんを新たな治療セグメントとして開拓しました。

~ DESTINY‐Breast04試験結果(米国臨床腫瘍学会ASCO 2022発表データ)~

DESTINY-Breast04試験結果のチャート(ASC2022発表データ

  • エンハーツ®の病勢進行もしくは死亡のリスクは化学療法と比較して49%減少(PFSのハザード比0.51)
  • 無増悪生存期間(PFS)の中央値は化学療法の5.4ヶ月(95%信頼区間 4.4-7.1ヶ月)に対し、エンハーツ®では10.1ヶ月(9.5-11.5ヶ月)

HER2低発現乳がんの患者数は、HER2陽性乳がんの約2倍であることが知られており、乳がん全体では約半数に相当しますが、HER2低発現はこれまでHER2陰性に分類されており、従来のHER2標的薬ではアプローチできていなかったセグメントです。

DESTINY-Breast04試験のターゲットを示した図

DESTINY‐Breast04試験の結果をもとに、2022年8月に米国でHER2低発現乳がん(化学療法既治療)の適応を取得し、販促を開始しました。その後、欧州、日本、中国などにおいても適応を拡大し、承認取得国・地域をさらに拡大中です。

エンハーツ®の製品価値の最大化に向けて、現在、HER2陽性乳がん及びHER2低発現乳がんの早期治療の適応取得を目指した複数の臨床試験を実施しています。乳がん以外でのがん種では、既に胃がん(HER2陽性胃がん2次・3次治療)、肺がん(HER2変異非小細胞肺がん2次治療)での承認を複数の国・地域で取得し、より早期の治療段階での承認取得を目指した臨床試験を実施しています。

治療対象となるがん種の更なる拡大をめざした開発も順調に進展しています。HER2発現の複数の固形がんに係る承認申請※1が、2024年1月、米国において受理されました。

※1 以下の試験結果等に基づく承認申請
・前治療歴のあるHER2発現の進行性固形がん(胆道がん、膀胱がん、子宮頸がん、子宮内膜がん、卵巣がん、膵臓がんおよび希少がん)患者を対象としたフェーズ2試験(DESTINY-PanTumor02)
・HER2過剰発現等の非小細胞肺がん患者を対象としたフェーズ2試験(DESTINY-Lung01)
・HER2陽性の進行・再発大腸がん患者を対象としたフェーズ2試験(DESTINY-CRC02)

開発パイプライン表へのリンク:新薬開発パイプライン - 研究開発 - 第一三共株式会社 (daiichisankyo.co.jp)

■Dato-DXd(一般名:ダトポタマブ デルクステカン)

Dato-DXdは、DXd ADC技術を用いて創製したTROP2を標的とするADCです。
エンハーツ®と同様、Dato-DXdの価値最大化を図るためアストラゼネカとの共同開発・商業化を進めています。

■ 提携の概要
開発
  • 単剤・併用療法を共同開発
  • 開発費用を折半
販売 日本を除く地域 両社が共同販促し、損益を折半
日本 当社が単独販売
地域別の製品売上計上
・当社
日本、米国、当社が拠点を有する欧州およびその他の地域
・アストラゼネカ
中国、オーストラリア、カナダ、ロシア
製造 ・当社が製品を製造、供給
■受領対価
契約年月
(契約時開発ステージ)
2020年7月
(フェーズ1)
契約時一時金 1,100億円
開発マイルストン等(最大) 1,100億円
販売マイルストン (最大) 4,400億円
最大総額 6,600億円
(1ドル=110円換算、契約締結時の為替レート水準)

肺がんと乳がんで承認申請のための臨床試験を複数実施しています。
肺がんでは、2024年2月に非扁平上皮非小細胞肺がん2次/3次治療を対象とした承認申請が米国において受理されました。
乳がんでは、2023年度中にホルモン受容体陽性、HER2低発現または陰性乳がん2次/治療を対象とした米国における承認申請受理を見込んでいます。

開発パイプライン表へのリンク:新薬開発パイプライン - 研究開発 - 第一三共株式会社 (daiichisankyo.co.jp)

■HER3-DXd、I-DXd(DS-7300)、DS-6000(R-DXd)の戦略的提携について

2023年10月、当社独自のDXd ADC技術を用いた3つの製品である HER3-DXd、I-DXd(DS-7300)及びDS-6000(R-DXd)について、Merck & Co., Inc., Rahway, NJ, USA(以下米国メルク)と全世界での開発及び商業化に向けた契約を締結しました。米国メルクは、免疫チェックポイント阻害薬「KEYTRUDA🄬」を柱にがん領域における豊富な経験、がん免疫療法に関する専門性、高い開発力を持つ世界トップクラスの会社です。当社の強みであるサイエンス&テクノロジー及びADCに関する専門性を組み合わせることにより、3製品の開発を加速し、製品価値の極大化を図ります。更に、今回の戦略的提携を契機に、開発が先行するこれらのADCに続く成長ドライバーへの迅速・柔軟なリソース配分を行い、より早く、より多くの患者さんにイノベーティブな薬をお届けする挑戦を続けています。

■ 提携の概要

開発
  • 単剤・併用療法を共同開発
  • 開発費用は、製品毎の20億米ドルまで米国メルクが75%を負担、それ以降は両社で折半
販売 日本を除く地域 両社が共同販促し、売上総利益と販促費等を折半
日本 当社が単独販売し、米国メルクにロイヤルティを支払
地域別の製品売上計上
当社が拠点を有する全ての国・地域(日本を含む):当社が計上
製造 ・当社が製品を製造、供給

■受領対価

   HER3-DXd  I-DXd  DS-6000
(R-DXd)
契約時開発ステージ  2023年度下期米国で
承認申請予定
 ~フェーズ2  ~フェーズ1 ーーー
契約時一時金  2,250億円※1  2,250億円 2,250億円※1 6,750億円
開発費関連一時金  750億円※2  750億円※2 ーーー 1,500億円
 販売マイルストン(最大)  8,250億円  8,250億円 8,250億円 2兆4,750億円
最大総額  1兆1,250億円 1兆1,250億円 1兆500億円 3兆3,000億円
(1ドル=150円換算、契約締結時の為替レート水準)

※1:HER3-DXdは契約締結から1年後、DS-6000は2年後に、契約時一時金の半額を受領予定。
※2:製品毎に20億米ドルまでの開発費について両社で折半した場合と比較して、米国メルクが当社より5億米ドル(750億円)を多く負担する(3製品共通)。
<米国メルクが当社より多く負担する5億米ドル(750億円)の受領方法>
HER3-DXd、I-DXd分:契約締結時に開発費関連一時金として受領する。(開発終了に伴い、米国メルクに一部返還される可能性あり)
DS-6000分:契約締結時に受領せず、開発費が発生する都度、受領する。

■HER3-DXd(一般名:パトリツマブ デルクステカン)

HER3-DXdは、DXd ADC技術を用いて創製したHER3を標的とするADCです。
本剤の製品価値最大化を図るため米国メルクとの共同開発・商業化を進めています。
EGFRという遺伝子に変異を有する非小細胞肺がんでの開発を優先して進めており、2023年12月に 3次治療を対象とした承認申請が米国において受理されました。
より対象患者数が多いEGFR遺伝子に変異を有する非小細胞肺がん2次治療についても、承認申請用の臨床試験を実施しています。
また、新たながん種への適応拡大を目指したフェーズ2試験を2023年度中に開始する予定です。

開発パイプライン表へのリンク:新薬開発パイプライン - 研究開発 - 第一三共株式会社 (daiichisankyo.co.jp)

■I-DXd(DS-7300)(一般名:イフィナタマブ デルクステカン)

I-DXdは、DXd ADC技術を用いて創製したB7-H3を標的とするADCです。
本剤の製品価値最大化を図るため米国メルクとの共同開発・商業化を進めています。
初期の臨床試験(フェーズ1/2試験)において、多くの前治療を受けた多様ながん種(小細胞肺がん、前立腺がん、扁平上皮食道がん、扁平上皮非小細胞肺がん など)に対し、持続的な有効性を示唆するデータを蓄積中です。
開発が先行する小細胞肺がんでは、実施中のフェーズ2試験に加え、承認申請に向けたフェーズ3試験を2024年度に開始する予定です。

開発パイプライン表へのリンク:新薬開発パイプライン - 研究開発 - 第一三共株式会社 (daiichisankyo.co.jp)

■DS-6000(R-DXd)

DS-6000は、DXd ADC技術を用いて創製したCDH6を標的とするADCです。
本剤の製品価値最大化を図るため米国メルクとの共同開発・商業化を進めています。
卵巣がんを対象としたフェーズ1試験における良好なデータに基づき、2023年度中にプラチナ抵抗性卵巣がん2次治療以降を対象としたフェーズ2/3試験を開始する予定です。

開発パイプライン表へのリンク:新薬開発パイプライン - 研究開発 - 第一三共株式会社 (daiichisankyo.co.jp)

4.5DXd ADCsに続くADC

当社では、5DXd ADCsに続くDS-3939(TA-MUC1を標的とするDXd ADC)について、様々な進行性固形がん(非小細胞肺がん、乳がん、尿路上皮がん、卵巣がん、胆道がん、膵管腺がんなど)を対象としたフェーズ1/2試験を2023年9月に開始しました。
さらに、DXd ADC技術とは異なる第2世代ADC、DS-9606の臨床試験も実施しています。

DXd ADC7プロジェクトおよび第二世代ADC1プロジェクトのステージ図

(2024年2月現在)

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