(左)オンコロジー第二研究所長 阿部有生 (右)オンコロジー第一研究所長 我妻利紀

がん治療の可能性を追い求めるADC研究開発チーム

2021年02月25日
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ADCへの熱い想いをみなぎらせたクロスファンクショナルな「ONEチーム」

ADC研究をけん引した我妻さん

ADC研究チーム発足について語る我妻さん

我妻:第一三共独自の抗体薬物複合体(ADC*1)が誕生した時のエピソードを振り返る前に、HER2*2を標的とするADCがどのような評価を得られたかをお話します。


このADCが米国食品医薬品局(FDA*3)に承認されたのは2019年12月のこと。翌年3月には、日本国内でも優先審査で製造販売が承認されました。通常、新薬は臨床試験開始から承認までに8~10年かかるといわれていますが、この薬剤はわずか4年3ヶ月で米国FDAでの承認を獲得することができ、どれだけ短期間であったかがよく分かるのではないかと思います。他の治療薬との併用・比較対照を行う第3相臨床試験の結果を待たずに承認されたからではありますが、それにしてもこれだけの短期間で承認までたどり着けたことは異例です。これは臨床試験段階から、その薬効について大いに注目を集めていたに他なりません。このADCが誕生した背景には、研究者たちの熱い想いがありました。

旧社時代、「今後、抗体医薬が重要な領域になるので、会社として本格的に取り組むべきだ」 と当時の研究開発のトップに抗体医薬研究を強化することを提案しました。幸いにもその提案が認められ、私を含めた4人の研究者が新たな抗体医薬プロジェクトに取りかかることになりました。進言したからには、結果を出したい。それまで自分が手がけてきた研究を止め、それこそ背水の陣で抗体研究に没頭したものです。そして、第一製薬と三共が統合して第一三共が誕生した後、研究所内でADC研究に挑戦してみたい研究者を有志で募り、勉強会を立ち上げました。ADC研究チームの母体です。この会では当社独自のADC開発の戦略を議論しましたが、そのアウトプットである戦略は、私にとっても魅力的でなおかつ勉強会メンバーがやってみたいと思えるものとのなりました。皆さんやる気がみなぎっていました。

阿部:私がADC研究チームに参加したのは2010年4月。それまで社内の探索研究所で循環器領域の創薬に取り組んでいましたが、なかなか結果が出せず、焦燥感を抱いていました。そんな折りに、抗体医薬研究所への異動を命じられました。これが私のキャリアの転機となりました。 研究チームのメンバーには、我妻さんと私が所属していた抗体医薬研究所のほか、癌研究所、機能分子第一研究所・第二研究所、製剤技術研究所、薬物動態研究所、さらに安全性研究所のメンバーも加わりました。総勢26名。みんな創薬への熱い想いをみなぎらせていたことが印象的でした。とにかく熱い人たちの集団で、あの熱気は今あらためて思い返しても胸が高鳴ります。

専門家たちの議論が第一三共の職人気質を磨く

ADC研究チームメンバーに抜擢された阿部さん

ADC研究チームメンバーになったことが阿部さんのキャリアの転機でした

我妻:ADCはペイロードやリンカーなど、多様な専門性を集積した研究領域です。そのため、勉強会ではしばしばそれぞれの専門性を武器に、激しい議論が展開されました。真剣だからこそのぶつかり合いです。そうした議論を経て次第に互いの専門性への理解も進み、徐々にお互いの専門性を尊重する気持ちが育まれていきました。そうとなれば研究者同士ですから、自ずとベストなものを追求するコンセンサスが芽生え、クロスファンクショナル・チームとして機能していきました。阿部さんも、自身の低分子化合物研究の経験を生かしてチームの要として活躍してくれましたし、3年目からは抗体医薬研究所チームのリーダーのほか、研究チーム全体のとりまとめもしてもらいました。

阿部:熱意があるからこそ、メンバー同士の意見がぶつかって、しょっちゅう激しく議論していました。みんなそれぞれの専門性を背負って立ち、真剣でした。多様な専門性を集積したADCには従来の医薬品開発と違った難しさがあります。数多くの提案から最も良い物を選び出してテストしていくのですが、それは非常に手間のかかる作業でした。研究が大きく前進したのは、旧社時代に他社と共同開発した悪性腫瘍の医薬品に由来する物質にADC化のペイロードとしてのポテンシャルを見出したことでした。ペイロードと抗体をつなぐリンカーを数多く合成して、ベストな結果を求めて評価を重ねていきました。

我妻:粘り強く取り組んでくれた結果、阿部さんたちのチームは、非臨床試験において他社競合品を遙かに上回る薬効を示すデータを示してくれました。それを見て、研究チームのメンバー皆が小躍りして喜び、またお互いを祝福し合いました。まさに第一三共に息づくものづくりへのこだわり、職人気質の成果だと私は思いました。 そして、それは間違いなく素晴らしいチームワークの成果でもありました。誰かの指示に従って動くのではなく、立場も年齢も関係なく現場の研究者が膝をつき合わせて、サイエンスの見地から『こんなデータが出たからこっちをやってみよう』と自らの意思で動いて生み出した結果なのですから。 このADCプロジェクトは、私にとって わが社の研究ポテンシャルの高さを再認識する機会にもなりました。

ADC創生の想いと知見は次代へと続いていく

我妻: 私たちのADC研究開発の成果は、HER2を標的とするADCを生み出したことだけではありません。低分子創薬や抗体創薬とは異なるADC研究開発の技術基盤を社内に作り上げたことに大きな価値があります。研究プロセスの確立には各部門のチームリーダーが大きな役割を果たしました。

阿部:研究チームは最初から、複数の当社独自のADC品目の創出を目標としていました。そのため次の品目の研究開発のために、ADCに共通するプロセスを作っておこうという考え方を各チームリーダーが共有していました。また、研究者を支えるマネージメント層の情報共有のためにつくった ADC連絡会は、必要な研究項目の洗い出しからはじめ、個々の研究者が仕事をしやすいように明確なタイムラインを導き出し、ADC独自の研究プロセスを作りあげていきました。

品川研究開発センターで当時のことを語り合う我妻さんと阿部さん

当時のことを語り合う我妻さん(左)と阿部さん(右)

 

我妻:現在、第一三共では3つのADCを中心とした最重要戦略「3 and Alpha」を着々と進めていますが、それも試行錯誤しながら作り上げた研究プロセスがあってこそ可能となったといえるでしょう。また、独自の研究プロセスを作ろうという精神は、3ADC、他の同じペイロードを有する ADC品目にとどまらず、我々の研究の強みに繋がっていると思います。

阿部: ADCの研究開発に携わる社員は、当時と比べて倍増しています。HER2を標的とするADCで成功体験をした研究者は当時20代で、まだ30代の人も少なくありません。これから彼らが「3 and Alpha」を牽引していくわけです。

我妻:彼らは40代、50代の先輩と対等に議論してくれてとても頼もしかったです。また、先輩の知識・経験がしっかりと次の世代に引き継がれる機会にもなりました。今後、ADC研究の柱となってくれるだろう会社の大切な資産であり、強みです。

阿部:研究の初期から我妻さんとは「メンバーが出身会社を意識することなく、ADC研究を通して一つになっていけばいい」と話し合っていました。 ADC研究チームは目的に向かって、年齢も、出身会社にもとらわれない、本当のONEチームが育っていきました。それは我妻さんのマネージメント手腕だと思います。 私は、創薬というものは天才の仕事ではなくて、経験を重ねていくことで成功に導かれる仕事だと信じています。まさに職人気質。それゆえ今後は、自分の経験を活かして次世代の人材育成や創薬の成功率を高めるマネージメントにも挑戦していきたい。患者さんに新しい薬を届けるための新しいイノベーションを起こしやすい環境作りを考えていきます。私たちの元には、世界中の医療機関を通してHER2を標的とするADCで良くなった患者さんからの感謝の声が寄せられています。それがまた次のチャレンジに向かう大きなモチベーションになっています。今回は、我妻さんと私が代表してADCのサクセスストーリーをお話しましたが、実際には相当な数の研究者と関係者の方々の努力があったことを広く知っていただきたいと思います。私も関係者全員に感謝の気持ちしかありません。HER2を標的とするADCには本当に多くの人の想いが詰まっているのです。

我妻:創薬という仕事は決して一人ではできません。しかも、きわめて難易度が高い仕事。だからこそやりがいが大きいのです。私たちは、多くの患者さんの生命を救うという使命感をもって、多くの仲間と力を合わせて新しいことに挑戦し、創薬というグローバルで形に残る仕事ができます。研究畑の人間としてこんなに幸せなことはありません。 社内の研究者の皆さんには、革新的な新薬を生み出してきた第一三共の創薬の遺伝子を引き継ぎ、5年、10年、いや100年先につながりうる仕事に誇りと熱意を持って取り組んでいただきたいと思っています。

 

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*1 抗体薬物複合体(Antibody Drug Conjugate):抗体と薬物(低分子化合物)を適切なリンカーを介して結合させた薬剤で、がん細胞に発現している標的因子に結合する抗体を介して薬物をがん細胞へ直接届けることで、薬物の全身曝露を抑えつつがん細胞への攻撃力を高めています。
*2 Human epidermal growth factor receptor 2(HER2):乳がん等のがん細胞表面に発現され、がん細胞の増殖を促すタンパク質
*3 米国食品医薬品局(Food and Drug Administration):食品添加物や医薬品などの使用に関しての許認可審査や取締りを担当している米国保健福祉省のもとに設けられた政府組織


我妻利紀
執行役員 オンコロジー第一研究所長

阿部有生
オンコロジー第二研究所長

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