Global Head of R&D* 古賀 淳一 *取材当時

ADCへの挑戦で磨かれた第一三共のR&Dとこれから

2020年10月09日
Our Science
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第一三共株式会社
専務執行役員 Global Head of R&D
古賀 淳一

3ADC and Alphaと平行して次世代の創薬を見据えた研究開発を推進

第一三共がHER2に対する抗体薬物複合体(ADC*)で世界を驚かせることになった転機は、「バイオ統括部」も一役買ったのではないかと思っています。以前の第一三共は低分子の研究に強みを持つ会社でした。バイオの基盤を強化していくことを託され外部から招かれた私は、第一三共が本気でバイオ医薬の会社になるためには生産技術までを含めて一括して扱う組織が必要であることを経営陣に訴えていました。2013年、念願叶ってバイオ統括部が設立されると初代の統括部長を拝命しました。もちろん、その後も決して順風満帆な道のりではありませんでした。過去にはADC(抗体薬物複合体)への挑戦で海外のメガファーマに勝ち目はあるのかとの社内からの疑問の声も耳に届いてもいましたが、どこ吹く風で、バイオ統括部内ではHER2に対するADCの治験データを十分に分析し「どこをとっても他社に負ける要素はない。確実に勝てる」という結論に達していました。その結果はご存じの通りです。当時を振り返ると、個性的な研究者の集まりだったので、どこか気楽な雰囲気がありました。そのようなグループは、チームワークが強くなるものです。

バイオ統括部のメンバーはバイオ創薬で会社を変革したいという使命感で集まったメンバーなので、全員が命令一下ではなく、それぞれの意志とリーダーシップをもって動いてくれました。高橋(亘・現執行役員研究統括部長)、我妻(利紀・現執行役員オンコロジー第一研究所長)、藪田(雅之・現常務執行役員バイオロジクス本部長)、阿部(有生・現オンコロジー第二研究所長)といったリーダーはもちろん、彼らの下で働く研究者たちもそれぞれの独創性に溢れた意見を積極的に上げてくれました。おかげで自由闊達で生き生きとした職場環境が生まれ、生産性がぐっと向上しました。
現在はHER2に続く、TROP2とHER3に対するADCの開発が順調に続いていますが、技術はいつか追いつかれます。そのためR&Dとしては「Beyond ADC」、すなわち「3ADC and Alpha」を意識する必要があります。「Alpha」とは次の「核」となる技術を生み出す原動力のことです。遺伝子治療や核酸医薬などの新規モダリティへのチャレンジなど、次々に面白い技術が社内で育っています。そうした技術の種子を迅速に評価し、可能性があるものに対しては積極的に、熱意を持って、取り組んでいかなければなりません。多くの患者さんがそうした私たちの成果を待っているのですから。また、新薬開発の判断において、会社はそう簡単に「イエス」と言いません。なぜならば研究開発から生み出されるものは100点でなければ失敗する世界だからです。研究開発でたとえ高得点をとっても、さらに開発が進み、承認され、患者さんに届けられなければ不合格です。私のような研究開発のリーダーは、研究開発において50点でも可能性を見出して「イエス」と判断することも大事ですが、一方で、データが得られていった時点で99点だとしても総合的な判断で100点でなければ、はっきりと「ノー」をいう役目があります。

「人」を大切にすることから生まれる第一三共のR&Dカルチャー

Global Head of R&Dとして、現在の私の大きな使命の一つはグローバル企業にふさわしい組織づくりと人材育成、そしてONE DSのカルチャーを育んでいくことです。人材にはそれぞれ強みと弱みがあります。第一三共には一人ひとりの「人」を大切にするカルチャーがあり、私たちはEastとWestのスタッフと共に組織が多様性を受け入れ、協力し合う組織作りに努めています。もちろん言葉で言うほど簡単ではありません。ひと言でグローバルといっても、一人ひとりの中にはそれぞれのリージョナルな価値観が息づいています。米国の組織と日本の組織をどちらも体験している私としては、双方の良いところをお互いに取り入れた柔軟で強靭な組織づくりを目指していきたい。そのためには、各エリアのリーダーやスタッフが役職や年齢、専門性を超えて本気で議論する場を設けることが重要だと考えています。時には価値観がぶつかり合うこともあるかもしれない。けれども次につながるぶつかり合いであればどんどんやってもらってかまわない。本心からの真剣な議論の末にはお互いの価値観へのリスペクトとより高みを目指すエネルギーが生まれるはずです。
もう一つ、グローバルなR&Dとはなんだろうか?というところを徹底していきたい。トップ5のグローバルファーマのR&Dを目指す、それと似た組織をつくっていこうとは全く思っていません。ゴールは「Serve for patients, globallyであることで、Be a global pharmaではない」と米国でも言い続けています。なぜならば、今、私たちのような強みのある研究所を日本に持つグローバルファーマは、ない。真似をする相手がいません。

また、企業が起こすイノベーションというのは、一人の天才がもたらすものは極めて稀でしょう。熱意あるリーダーのもとで日々の研究を積み重ねていくこと、感性を研ぎ澄まし、そして、失敗から学び、遊び心を加える、そのようなありかたで生まれるものだと考えています。その際に留意すべきなのはイノベーションとは意外性の産物だということ。誰もが思いつくバリューチェーンの発想ではイノベーションは生まれにくい。あえて型破りができる研究環境、リーダーの目利きとどうしてもやりとげたいという研究者たちの情熱。それらがそろった先にイノベーションが見えてきます。HER2に対するADCを生んだバイオ統括部はまさにそのような研究チームでした。

次世代へのチャレンジとともに魅力的なカルチャーを再構築していく

HER2に対するADCとそれに続くADC開発の成果があれば、現在の第一三共でもグローバルメガファーマと伍して戦えるかといえば、とてもそんな甘いものではありません。しかし、グローバルメガファーマと同等に優れた医薬品を世界中の患者さんに提供できる製薬企業になってきたということは事実です。そういった意味で今が一番大事な時期かもしれません。これまでの成果を次にどう投資して、ADCのその先につなげていくか。そのことを全社員が5年後、10年後への危機感を持って真剣に考えていかなくてはなりません。その際に忘れてはならないのが、第一三共ならではのカルチャーやビジネス・スタイルを貫くことです。グローバルメガファーマのやり方を安易に真似ただけでは会社の魅力はなくなります。だから今、私たちは自分たちが何者かを問い直しながら、ONE DSというR&Dのカルチャーの再構築に取り組んでいます。ひと言でまとめると多様性を受け入れ、柔軟で強靭な組織。シンプルだけど、まずそこが最も大切だと思っています。自由闊達で一人ひとりが存分に情熱を注げる研究環境をつくること。あるいはグローバルメガファーマと第一三共を天秤にかけて就職を考えている人に「日本の会社だけど、やりがいがありそうだし、面白そうだ」と思ってもらえること。今後はバイオと合成化学が両輪となった、いやむしろ2つの領域の境界を越えたR&Dが求められるようになるでしょう。若い世代からリーダーとなる人々まで、R&Dの成果がさらに多くの患者さんを救うことを信じて、情熱をもってイノベーションへのチャレンジを続けてほしいと思います。

最後に、私の大学の学是は、「自学自修」でした。今思うと、学校ではあまり勉強していませんでしたが、その後、ほぼ自分自身で自由に学んできました。その時も、現在も、いつも人に助けられてきました。11年前に第一三共に入社し、7年前にR&Dに移り、2年前にアメリカにきました。しかし、私のやることは、ちょっと火をつける、ちょっと塩味をつけるくらいで、特別なことをやったわけではありません。それくらい、研究者の皆さん、開発に携わる皆さんの心の中には燃えるものと力がありました。本当に素晴らしい人材にあふれた第一三共だと実感しています。次世代の「核」が育つことを信じています。

 ADC*: Antibody Drug Conjugate(抗体薬物複合体)
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