第一三共の持続的な価値創造に向けて
~多様な専門性・経験を持つ社外取締役の視点から~

木下玲子
社外取締役(独立役員)

小松康宏
社外取締役(独立役員)

西井孝明
社外取締役(独立役員)
取締役会議長

本間洋
社外取締役(独立役員)
報酬委員会委員長

渡辺章博
社外取締役(独立役員)
指名委員会委員長

バリューレポート2025より転載

新たに取締役会議長に就任された西井社外取締役にお伺いします。奥澤氏がCEOとなり、取締役会メンバーも大きく変わりましたが、メンバーのスキルや経験を踏まえた、新体制への抱負や期待について、お聞かせください。

西井

 この度、当社は奥澤CEOの就任という転換期を迎え、また、4人の取締役が交代するという重要な変化がありました。当社初の社内出身の女性取締役、オンコロジー事業をけん引する米国籍社内取締役の就任、そしてM&A助言会社の創業経営者と投資ファンド運用会社の女性経営者という多様な経験と知見を持つ新たな社外取締役の参画は、取締役会のスキルマトリックスを大幅に強化するものです。奥澤CEOの新しいリーダーシップ体制のもと、多様な視点を取り込み、よりグローバルで多角的な経営判断がなされることを期待しています。

新たに社外取締役に就任された渡辺取締役、木下取締役にお伺いします。第一三共の社外取締役に就任されるにあたっての抱負、社内外のステークホルダーから期待されていると認識している役割について、教えてください。

渡辺

 私は自身で創業した会社を2年で上場し、そこで得た資金を海外での買収に投じてグローバル企業へ成長させた後、最後は米国の同業他社と経営統合し、業界トップクラスの独立系M&A助言会社を作りました。その後はアクティビティスト問題で経営が混乱する電機メーカーの取締役会議長となり、その非公開化を主導し経営の再建を図りました。これらのさまざまな経験から得た知見を当社の取締役会で活かすことが期待されていると思っています。創業した会社の売却と社員12万人の会社の2兆円規模の非公開化を通じて、改めて経営者の重責を再認識しました。お金に「仕事」をさせるのが投資家です。一方、人に「仕事」をさせるのが経営者です。しかし、上場企業の経営者・CEOは違います。経営(経を営む=論語)しつつ、同時にマネジメント(moneyジメント=算盤)をしなければならない。当社であれば、頭の半分は社員、患者さんのことを考えつつ、もう片方の頭の半分は投資家、株主のことを考えなければならない。いわば「両利き」の経営が求められます。それができているか、株主の付託を受けた立場として真剣勝負で見守るのが私の仕事であると思っています。

木下

 第一三共という世界に貢献している会社の社外取締役に就任したことについて、大きな責任を感じております。私は、投資ファンドで仕事をしております。投資ファンドは、金銭的な利益だけで会社を評価していると思われがちですが、実際には会社が世の中に対して貢献することで、会社の金銭的な価値もあがっていくものだと考えております。当社は、創薬を通じて世界中の人々の健康に貢献しており、特にがんという領域において革新的な医薬品を創出しています。この価値が幅広く認識され、患者さんだけでなく、他のステークホルダーの方々にも価値をお届けできるよう、取締役会等を通じて貢献していきたいと考えています。

昨年の取締役会に出席された西井社外取締役、小松社外取締役、本間社外取締役にお伺いします。2024年度の取締役会における重点施策の一つである「取締役会の監督機能のさらなる強化に向けた長期戦略や中期経営計画(以下、「中計」)、グローバル化等の重点テーマについての議論の充実」について、具体的な議論の内容や、今後重要になると思われるテーマなどについて、お一人ずつお聞かせください。

西井

 2030年ビジョンに向かって、当社の長期的な成長をけん引することが期待されるエンハーツ®の適応症の拡大やADCパイプラインは、他社に類を見ない非常に大きな資産です。ここから生み出される将来に亘る収益の最大化のために、研究開発、設備投資、DXインフラ、そして人材への戦略的な投資を積極的に実施する案件が取締役会に上程され、取締役会としてこれらを強く支持してきました。経営環境としては、最大市場である米国における関税や薬価引き下げの懸念は、新政権による具体的な方向性の不透明さのもと、今後の展開によっては、当社の収益に影響を与える可能性は否定できません。このような状況では、経営のリーダーシップのもと、あらゆる戦略とプロセスを追求し、ベストな解を選択することが求められます。当社は、アストラゼネカ、米国メルクとの提携で培ってきたグローバルな事業展開のノウハウ、そして何よりグローバルマネジメント体制へ移行し、当社グループの企業文化であるOneDSCultureによる結束力を活かし、この不確実な時代を乗り越え、さらなる持続的な成長を実現できると確信しています。

小松

 私は、当社に対し、ADCの卓越した技術力を一層発展させ、標的抗原の選定やペイロードの革新によるがん治療成績の飛躍的向上は当然として、長期的には、がん領域に限定せず、自己免疫疾患や難治性疾患などへの応用も期待しています。当社はPatientCentricityを推進する中で、PatientAdvocacyへの取り組みも行っていますが、近年、患者参画(PatientEngagement)は治療成績や医療経済上の効果があることも示され、WHOや専門学会もその可能性を重視しています。今後は、社員がPatientCentricityの意識を持つだけでなく、創薬から開発、販売、情報提供まで、バリューチェーン全体で患者さんと協働する仕組みが求められるでしょう。当社がPatientCentricityを企業活動の中核として捉え、取締役会や研修を通じて全社的に推進している姿勢は、時代の要請に即した取り組みとして高く評価しています。

本間

 当社は2030年へ向けたDXビジョンを掲げており、製薬のバリューチェーン全体のDXを目指しています。2025年4月には、3年連続でDX銘柄に選定され、ITパスポート資格を持った人材も約2,000名います。また、創薬・臨床開発部門を中心に、DX、生成AIの積極的な導入が進んでおり、AIに関しては、今後、統制と推進のバランスを取りながら、製薬バリューチェーン全体での活用が求められています。私は、取締役会において、製薬バリューチェーン全体のDX推進やAI活用を提言しています。特にAI活用に関しては、統制と推進の両軸が大事であることをアドバイスしました。これに対し、執行側は積極的に検討してくれています。また、当社はデータ駆動型経営を推進しており、現在、基幹系システムを更改開発していますが、取締役会で、コスト・スケジュール・品質等を遵守するための管理方法の徹底をお願いしました。これに対しても、執行側で適切な管理に取り組んでいただいています。本システムの完成により、データ駆動型経営がより加速していくことを期待しています。

昨年の取締役会に出席された西井社外取締役、小松社外取締役、本間社外取締役にお伺いします。2024年度の取締役会における重点施策の一つである「取締役会の意思決定機能および監督機能のさらなる強化に向けた運営面での改善」について、医療用医薬品という非常に専門性が高いビジネスをモニタリングする難しさとそれをどのように克服されているのか、取り組みや工夫がありましたら、お聞かせください。また、今後重点的にモニタリングしたい、または、すべきと考えている項目があれば、ご教示ください。

西井

 不透明な経営環境のもとで取締役会としてモニタリング(監督)すべき点は、高い専門性が必要な製薬会社の経営(執行)であるからこそ明確にしなければならないと考えています。特に、成長投資と資産管理の観点でバランスの取れたポートフォリオ管理ができているかどうかを、株主と投資家の皆さまにさらに明確に説明できるようにしたいと考えています。当社はサイエンスとテクノロジーをコアコンピタンスにする有力な製薬会社であり、中長期的な開発パイプラインの情報開示は市場から評価されています。一方、必要な成長投資が増大するのではないかという点はステークホルダーの皆さまの関心事項であり、直近1年間、株価への影響も招いているとみています。当社は次期中計を策定中であり、来年春頃に公表する予定です。その中で5年先、10年先のキャッシュバランス(インカム、戦略投資、株主還元)がステークホルダーの皆さまと共有されることを期待します。

小松

 科学の発展速度は驚異的です。例えば、米国国立医学図書館データベースであるPubMedには、2024年の乳がん関連論文が約3万本収載されています。専門家ですら、最新の進歩についていくのが難しい領域のビジネスをモニタリングすることは難しいものがありますが、社外取締役への個別の事前説明に加え、その際の質問・回答の共有、Executive Management Committee(EMC)へのオブザーバー参加、事業所見学会、継続的な情報提供、社外取締役による意見交換会が役立っています。今後、重点的にモニタリングしたい項目は、Patient Centricity、グローバル機能、DXの活用です。グローバル化に伴い、想定外の文化的・制度的な障壁やガバナンス上の課題に対峙する機会が増えるでしょうし、それらの経験値がさらなる発展につながることを期待しています。

本間

 小松取締役からも言及があったように、当社では、取締役会事務局による事前の取締役会の議題内容の説明や、そこで出てきた各役員の事前の質問などが共有されています。この事前説明で、案件の内容に関しての理解が深まっています。個人的には、元々、サイエンス&テクノロジー領域は大変関心のある分野であり、この領域の新しい知識を学ぶことは、自分にとって期待がふくらむことです。新聞、雑誌、ウェブ等での医薬・創薬・バイオ関連の記事を必ず読んでいます。特に、当社の事業との関連を考えながら読み解く努力をしています。今後は、DX、AI、量子等のテクノロジーがさらに進化し、創薬・臨床開発でこれまで以上に活用されていくと思います。さらに、製薬のバリューチェーン全体でも活用していく必要があると考えており、DX、AI等の導入と活用状況をモニタリングしていきたいと考えています。また、当社は現在、基幹系のシステムを更改開発していますが、本システムの完成により、データ駆動型経営がより加速していくことを期待していますし、こちらもしっかりとモニタリングしていきます。

新たに指名委員会委員長に就任された渡辺社外取締役にお伺いします。取締役会の監督機能をより高めるために、何か構想していることはありますか。例えば、機関設計や取締役会として将来考えていくべき点についてご教示ください。

渡辺

 組織を単に調整して会社が突然良くなった例を見たことがないのと同様に、機関設計を変えただけでガバナンスが強化された例を私は知りません。機関設計の要否よりも重要なことは、取締役会の使命として、株主とCEOの利益相反を回避することだと思います。そして、最大の利益相反は経営者の保身です。経営者は孤独であり、そして生身の人間です。私は上場企業のCEOとして何度もとるべきリスクがとれない状態に陥り、会社の成長が停滞しました。そのたびに叱咤され、勇気づけられ、背中を押してくれたのが社外取締役の方々です。また、経営者の旬の時期、退き際は自分ではわかりません。サクセッションには社外の目が大事です。長期に価値を創出していく製薬企業の経営はいわば駅伝です。名駅伝監督とコーチ陣が集まりやすい機関設計にすることがもっとも重要なのではないかと考えています。

 

新たに報酬委員会委員長に就任された本間社外取締役にお伺いします。現在の第一三共の役員報酬制度に関するご意見をお聞かせください。

本間

 当社は、現在メガファーマとグローバルレベルで競い合っており、優秀な経営者等を確保・維持するためにも「適正な報酬」について継続して検討していきたいと考えています。中長期に亘る持続的成長へ向けた動機になり、企業価値、株主価値の向上に資する適正な報酬制度、またステークホルダーへの説明責任を果たすことができる、透明性のある公平で合理的な報酬制度が必要です。今年度しっかりと議論し検討していき、次期中計が始まる来年度には役員報酬制度を改定したいと考えています。

木下社外取締役にお伺いします。投資ファンド運用会社や金融業界でのご経験から、今後の第一三共のサステナビリティ情報開示に関するご意見をお聞かせください。

木下

 当社は、サステナビリティに係るE(環境)、S(社会)、G(ガバナンス)の全てにおいて、企業経営の中で具現化されていることに感銘を受けています。会社のガバナンス強化というのは、第三者から見て透明性の高いわかりやすい経営につながるものです。私は過去の経営において、誰から見てもわかる経営を心がけてきました。ESGと企業価値の向上は両立するはずのものであり、世の中に貢献することが株主や投資家の犠牲を伴うものではなく、ともに発展していくものであることを、今後の開示の中でも強化していくべきではないかと考えています。

社外取締役は、株主・投資家などステークホルダーを代表して、社内を俯瞰し必要に応じて社内に対して指摘をできる特別な立場に置かれていると思います。特別な専門性やご経験を持つ社外取締役だからこその視点からの気付きや発見などは、外部のステークホルダーの関心が非常に高いところです。そのような視点から、渡辺社外取締役と木下社外取締役にお伺いします。現在の第一三共の印象と今後の期待について、お聞かせください。

渡辺

 私は、過去、旧第一製薬と旧三共の経営統合、ランバクシー社とサンファーマ社との統合をお手伝いしました。私がお付き合いする時の第一三共は常に困難に直面していましたが、危機に直面するたびに第一三共は強くなっていきました。今、当社はADCで成功していますが、現状に満足せずに世界一を目指してほしいと思います。20年前に製薬業界で時価総額トップであった企業が、今はトップ10外になり、逆に時価総額トップ10外であった企業が今やトップです。その間に彗星のように現れた企業もありました。製薬業界は過去の業績ではなく未来の可能性で評価されるため、当社には世界一になれるチャンスが十分にあります。会社は成長が全てです。成長する企業だけがよい人材と投資家を惹きつけ、社会課題を解決することができるからです。これくらいでいいかなと成長への貪欲さを捨てた瞬間に会社は腐り始めます。世界一という高い目標を持てば成長し続けることができます。

 

木下

 当社は、「世界中の人々の健康で豊かな生活に貢献する」というパーパス(存在意義)を掲げています。世界中の人々が健康で豊かな生活ができるのは理想的なことであり、創薬を通じて、理想が現実になるよう、具現化できるというのは素晴らしい会社であるという印象を受けました。さらに、当社が患者さんの病気の治療に貢献することによって、病気から回復した人たちが仕事や消費を通じて社会や経済に貢献していくという循環をつくりだせることを期待しています。また、私自身もそのような視点で取締役会の議論に参画していきたいと考えています。

本間社外取締役、小松社外取締役、西井社外取締役にお伺いします。第一三共の課題や改善の余地が大きいと思われる点を敢えて挙げるとすれば、何でしょうか。また、今後の期待について、お聞かせください。

本間

 当社の良いところとして、ステークホルダーとの信頼関係を大切にするオープンな企業文化で、仕事のやり方は丁寧・誠実である、また新しいことにチャレンジするイノべーティブなカルチャーがあるといった点は変わらぬ信念として、今後も磨き続けてほしいと思います。加えて、パーパス、ミッション、ビジョン、Core Values(価値観)、Core Behaviors(行動様式)も素晴らしく、この集合体であるOne DS Cultureを、全社員で共有し、共感、共振をしてoneチームとしてチームワーク良く取り組んでいるのが当社の大きな強みであると感じています。一方、変えるべきところは大胆にスピーディに変えていくべきだとも感じています。DX、AI等の製薬バリューチェーン全体への導入をプロアクティブに推進していく必要があります。また当社は、「がんに強みを持つ先進的グローバル創薬企業」から、「先進的グローバルヘルスケアカンパニー」に変革をしていくことを2030年ビジョンに掲げています。これには多くのステークホルダーを考慮した着眼大局での発想でビジョンを描き、着手小局でスピーディに大胆に実行していくことが求められると思います。日本の製薬企業のリーディングカンパニーとして、これらを強力に推進していく必要があると思います。

 

小松

 従来の製薬企業は「創薬→開発→医師を通じた処方」が基本であり、患者さんは最終消費者であっても顧客とは位置づけられていませんでした。しかし近年、医療経済の逼迫、個別化医療の進展、デジタル技術の浸透、患者参画の拡大、規制環境の変化などにより、この構造は大きく変わろうとしています。今後も創薬が中核であることは変わりませんが、Patient Centricityの深化とともに、診断・予防・モニタリング・生活支援を含む包括的なヘルスケアプラットフォームの構築や患者さん・社会との対話と共創も視野に入れる必要があります。このためには、国全体のDX整備や制度改革が前提となります。近い将来の環境変化に備え、先駆的な立場を確立できるような準備は必要でしょう。また、グローバル市場での競争力を高めるため、社員一人ひとりが「世界と競う意識」と「競える自信」を育むことも期待しています。

西井

 私の経験では、機関投資家・株主とのエンゲージメントにおいて、研究開発パイプラインの進捗と成果、新規事業・技術への投資状況、外部連携・提携の状況、投資対効果の分析、コア事業の収益性と効率性や、ノンコア資産の状況、財務状況の健全性、ポートフォリオ全体のバランス、短期的な収益と長期的な成長のバランスなど、モニタリングの要所が重要です。一方で、社会的なアウトカムを重視する投資家、個人株主から支持される会社になっていくことは、当社の持続的成長を支える大きな力になると考えます。昨年12月のサステナビリティに関する意見交換会で、機関投資家の方から人材投資と企業価値向上のつながり、インパクトパスを明確にできるようにしていただきたいとの意見をいただいたことをはっきりと記憶しています。当社はグローバルマネジメント体制のもと、One DS Culture醸成の活動にも力を入れており、次期中計ではぜひこのテーマに取り組んでいただきたいと期待しています。

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