健考カルテ 治療法が急激に進歩 進行がんでも、あきらめない

近畿大学病院がんセンター
特任教授
中川 和彦(なかがわ・かずひこ)先生

[プロフィール]
熊本大学医学部卒業。
日本内科学会近畿支部評議員、日本肺癌学会理事、日本臨床腫瘍学会副理事長、西日本がん研究機構理事長などを歴任。

肺がんは早期発見が難しく、がんの中で最も死亡数が多いがんとされています。しかし近年、治療法が急激に進歩して、進行がんでも選択できる治療法が増えてきました。近畿大学病院がんセンター特任教授の中川和彦先生は「手術ができない進行がんでも、治療によって以前よりも長く生きられることが増えてきました。最新の治療法について、正しい情報を得ることが大切です」とアドバイスします。

高齢化にともない増加傾向に

Q肺がんにかかる人は増えていますか?

A肺がんの患者数は、高齢化が進むにつれて増え続け、あらゆるがんの中で、胃がんに次いで2番目に多くなっています。2019年には12万6千人以上が新たに肺がんと診断され、男性の10人に1人、女性の21人に1人がかかるといわれます。※1早期発見が難しく、がんの中で最も死亡数が多い難しいがんの一つとされています。

非小細胞肺がんが多くを占める

Q肺がんにはどんな種類がありますか?

A肺がんは大きく、非小細胞肺がん(腺がん、扁平上皮がん、大細胞がん)と小細胞肺がんの2つに分けられます。肺がんの約85%を占めるのは、非小細胞肺がんです。※2
かつては非小細胞肺がんの中でも、喫煙の影響を受けやすい扁平上皮がんが最も多かったのですが、最近では非喫煙者でも起こる腺がんが最も多くなっています。

臓器が重なって見えにくい

Q肺がんはなぜ早期発見が難しいのですか?

A咳、痰、血痰、息切れ、胸の痛みなどの症状が現れたときには、すでにかなり進行した状態の場合が多いので、他のがんと同様、自覚症状から早期発見につながることは期待できません。
肺がんは、検診や他の病気の検査で撮影した単純X線やCTで偶然見つかることが多いようです。ただし、単純X線には肺動脈、肺静脈、気管支、肋骨など、さまざまな臓器がすべて重なって映ってしまうので、がんのできる場所によっては見分けることが難しい場合もあります。このため、診断可能な最低限の線量で撮影する低線量のCTが注目されており、検診に導入する自治体もあります。
肺がんの種類によって、見つかりやすさにも違いがあります。腺がんは肺の端の方にできやすいため、単純X線でも早期に見つかりやすい一方、扁平上皮がんは、肺門部という中心部にできるため、他の臓器と重なって単純X線では見つかりにくい傾向があります。

Ⅲ期以上は複数の治療を併用

Q進行期によって治療方法はどのように変わりますか?

A日本肺癌学会の肺癌診療ガイドラインによると、非小細胞肺がんの治療は、Ⅰ期、Ⅱ期とⅢ期のごく初期までは手術による治療が中心となります。ただし、肺がんは早期から転移しやすいため、早期とされるⅠ期でもⅠb期以上は、術後に抗がん薬などによる薬物療法が必要になり、手術だけで完治するケースは非常に限られています。
Ⅲ期以上は基本的に手術の適応外となり、放射線治療や放射線治療と細胞障害性抗がん薬を併用する化学放射線療法、細胞障害性抗がん薬、分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬などで治療します。

その人にあった個別化治療が発展

Q進行してしまった場合の治療法は?

A手術ができないⅣ期の肺がんは、かつて平均10か月で半分の方が亡くなるといわれ、予後の悪いがんとされていました。しかし、この10~15年で肺がんの治療法は著しく発展し、Ⅳ期でも半分の人が30か月を超えて生きられるようになってきました。
まず、特定のドライバー遺伝子の異常によって、肺がんが起こるメカニズムが解明されたことが、大きく治療成績の向上につながりました。2002年以降、それに応じた分子標的薬が次々と承認されています。
2015年には免疫チェックポイント阻害剤が承認され、分子標的薬が使えない患者さんにも治療することができるようになり、余命1年未満だった人たちが3~4年長く生きられるようになってきました。
がん治療の大きな方向性は、遺伝子異常やたんぱく質の発現など、一人ひとりのがんにより適合した薬を選択する個別化治療に向かっています。

医者がカルテを見せているイラスト

ドクターからの
アドバイス

治療法が進歩して希望がもてる時代に

私が医師になった今から40年以上前、肺がんはとても怖い病気として知られていました。診断された患者さんは、非常に恐れ怯えてしまい、落ち込んで仕方のない状況でした。実際に治療すると、最初に行った治療がすぐに効かなくなったり、患者さん自身がしんどくて治療を続けられなかったり、ということが、よくありました。その頃のイメージが患者さんや一般の方には、まだ強く残っているのではないかと思います。
しかし、この20年の間に肺がんの治療は進歩し、いまはある程度治療に希望をもつことができるようになりました。患者さんにとっては、治療中の生活の質(QOL)もかなり改善され、以前よりも落ち着いた闘病生活ができるようになってきているのではないかと思います。仕事を続けることもできますし、趣味をエンジョイすることもできる。そういう時間的な余裕が、いまの肺がんの患者さんには、与えられていると思います。
なかには肺がんに対する暗いイメージがあって、診断された途端に思考が低下して、治療も受けないという方もやはりまだいらっしゃいます。しかし、全般的に肺がんの治療は改善して治療を継続しやすくなってきているので、まずはきちんとした診断をしていただいて、遺伝子異常などの情報をふまえた、適切な治療を受けていただくことが大切です。
今後さらによい治療法が開発されていくと思います。日本でもたくさんの治験が行われています。もし、さらに新しい治療にアクセスしたいと思うなら、治験を行っている医療機関を選ぶといいでしょう。

※1:国立がん研究センターがん統計
※2:American Cancer Society 「About Lung Cancer」
https://www.cancer.org/cancer/types/lung-cancer/about/what-is.html
九州大学がんセンターHP「九州大学病院のがん診療 肺がん」
https://www.gan.med.kyushu-u.ac.jp/result/lung_cancer/

企画・制作=読売新聞社ビジネス局
2023年12月23日掲載

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