-働く人とそのご家族のための健康講座- 虚血性脳卒中

日本人が要介護となる原因疾患の第2位が脳卒中です(※1)。しかし近年、新たな治療法の登場で、後遺症がほとんど残らない患者も増えています。生死や後遺症の有無を分けるのは、発症後の迅速な治療です。そのためにも「脳卒中を疑ったら、とにかく救急隊を呼んでほしい」と、埼玉医科大学国際医療センターの須田智先生は訴えます。脳卒中・脳梗塞・脳出血などの違いについても伺いました。

少し様子を見て…は絶対ダメ

脳梗塞 知っておきたい3つのポイント 1.予兆を感じたら迷わず119番 2.家族を救う合言葉はFAST 3.生活習慣改善と健康診断受診で予防

講師
須田 智 先生
埼玉医科大学国際医療センター 脳神経内科・脳卒中内科教授

point1 心臓の異常が原因となることも

――脳卒中、脳梗塞、脳出血といった病名をよく聞きますが、どのような違いがあるのでしょうか。
脳卒中とは、脳血管に障害が起こる病気(脳血管障害)の総称です。そのなかで脳の血管の詰まりが原因のものを「脳梗塞(虚血性脳卒中)」、血管の破れが原因のものを「脳出血」と呼んでいます。また、脳を覆う膜の下の動脈にできた瘤(こぶ)が破裂して起きるのが「くも膜下出血」です。
近年では脳卒中の患者の約75%が脳梗塞、約20%が脳出血、約5%がくも膜下出血となっています(※2)。脳梗塞と脳出血の症状は似ており、片側の手足のまひ、顔などのしびれ、ろれつが回らない、失語などが代表例です。脳は領域ごとにつかさどる部位が異なるため、異常が起きた場所に応じて症状も変わるのです。また、くも膜下出血の場合、激しい頭痛が特徴です。

――脳梗塞では、どうして脳の血管が詰まるのでしょうか。
脳梗塞には主に3タイプの原因があります。脳の太い動脈が動脈硬化などで狭くなって起きる「アテローム血栓性脳梗塞」、細い血管が詰まる「ラクナ梗塞」、そして、心臓の中にできた血栓が脳に流れ着き、脳の血管を詰まらせる「心原性脳塞栓症」です。統計を見ると3タイプの発症割合は、それぞれ約3割程度ずつとなっています(※2)。

虚血性脳血管障害(脳梗塞)の分類と投薬治療

脳梗塞の分類について

※医療情報科学研究所編 : 「病気がみえる vol.7 脳・神経第2版」から作成

――心原性脳塞栓症の原因と予防について教えてください。
心原性脳塞栓症の約9割は、不整脈の一種である心房細動が原因です。心臓に心房細動があると血液がうまく流れないため、血の塊である血栓が生じ、これが脳に流れて血管を詰まらせます。ですから心原性脳塞栓症の場合、脳の血管自体に異常はなく、症状も突然現れます。
予防には、血液を固まりにくくする抗凝固薬の内服や、心房細動の原因部分を焼灼(しょうしゃく)し不整脈を抑制するカテーテルアブレーションなどがあります。心房細動は自覚しづらいので、自己検脈や心電図検査などの検診が大切です。
高血圧や糖尿病、脂質異常症、あるいは過剰な飲酒、喫煙などが脳卒中の危険因子となります。生活習慣のコントロールや、定期的な健康診断の受診が脳卒中の予防には欠かせません。

point2 初期症状や予兆を知っておく

――脳梗塞を発症した場合、どういう治療がありますか。
脳に血が通わなくなると、すぐに脳細胞が壊死し始めます。当然、治療開始が早いほど予後が良好になりますから、治療は時間との闘いです。具体的な治療ですが、血栓を溶かすtPAという薬の投与は心原性、非心原性を問わず効果があります。ただし、これは原則として発症後4時間半以内にしか使えません。脳細胞の壊死の進行後に血流が戻ると、出血を起こす危険性があるからです。これも脳梗塞の治療が一刻を争う理由の一つです。
心原性脳塞栓症では、カテーテルを用いて血栓を取り除く機械的血栓回収療法が行われるケースもあります。こちらは原則6時間以内に行うことが必要です。症状と画像所見によっては24時間以内でも有効な場合があります。
さらにアテローム血栓性脳梗塞では、血管内にカテーテルを使ってステントを留置し、血管を広げる治療も用いられます。一方、細い血管が詰まるラクナ梗塞の場合、カテーテルでの治療はできません。抗血小板薬を投与し、脳梗塞の拡大や再発を防ぐ治療が取られます。またアテローム血栓性脳梗塞でも再発予防のため同薬が使用されます。

――一刻も早い治療が重要とのことですが、脳卒中には初期症状や予兆のようなものはありますか。
「急に手足から力が抜ける。周りの人から片脚を引きずっているといわれる。物につまずきやすい。急にめまいがする」というような症状が出たら脳梗塞や脳出血を疑うべきでしょう。また、「ろれつが回らない。言葉が出てこない。手や足の片方だけがしびれる。片目だけが一時的に見えなくなる」なども特徴的な初期症状です。
とはいっても、脳卒中かどうかを自己判断するのは困難です。こうした症状が現れ、疑いを持ったら、迷わず救急隊を呼んでください。事は一刻を争います。「明日まで様子を見て……」、あるいは「家族に相談して……」などと考えるのはもっての外です。

――脳卒中らしき人がいた場合、周囲の人ができることはあるでしょうか。
すぐに119番することです。それには脳卒中の初期症状を知っておくことが重要です。FASTという言葉を覚えておくとよいでしょう。顔(F:フェース)のまひ、腕(A:アーム)のまひ、言葉(S:スピーチ)の障害が認められたら、すぐ119番。そして、元気だった最後の時刻(T:タイム)を覚えておき、救急隊に伝える。これが治療と回復を大きく左右します。

※1 「2022年国民生活基礎調査」から。1位は認知症
※2 「脳卒中データバンク2021」から

企画・制作=日本経済新聞社Nブランドスタジオ
2023年11月18日掲載

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