40代~60代の現役世代の方が罹患することが多い乳がん。家族の世話や仕事の忙しさから、つい検診や医療機関受診が後回しになり、深刻な状況になるケースも多いようです。九州がんセンター乳腺科部長の徳永えり子先生は「普段から自分の乳房を意識する生活習慣を身につけてほしい」と早期発見の重要性を訴えています。乳がんへの気づきや治療方法などについてお話を伺いました。
乳房を意識する生活習慣を
講師
徳永 えり子 先生
九州がんセンター乳腺科部長
point1 40歳以上、2年に1度の検診を推奨
――乳がんとは、どんながんですか。
乳がんは乳房の乳腺にできる悪性腫瘍です。患者はほとんどが女性ですが、まれに男性も発症することがあります。10代後半からなる方もいますが、増えてくるのは30代後半から。日本人の特徴として40代と60代に発症のピークがあります。
日本では2019年に9万7812人の方が乳がんと診断され、20年には1万4779人の方が亡くなっています(※1)。乳がんでは、病期(ステージ)0期では5年生存率・10年生存率ともに100.0%ですが、4期になると5年生存率38.7%、10年生存率は19.4%に低下してしまうというデータがあります(※2)。そのためなるべく早期に発見し治療を受けることが重要です。
――乳がんを自分で発見することはできますか。
主な自覚症状は乳房のしこりや乳頭からの分泌物などです。ただ、それを自分で乳がんと判断するのは難しいので、普段と違う、気になるものを感じることに留意してください。
最近,乳房を意識する生活習慣として「ブレスト・アウェアネス(気づき)」が提唱されています。ブレスト・アウェアネスには自分の乳房の状態を知り、変化に気をつけ、気づいたら医療機関に相談する、定期的に乳がん検診を受ける、などが含まれます(図)。気になることがあったら、乳腺専門のクリニックや乳腺外科・乳腺科を掲げている病院を受診してください。
乳がんの早期発見・診断・治療につながるブレスト・アウェアネスの考え方
――乳がんの原因はなんでしょう。なりやすいタイプはあるのですか。
原因がはっきりしているのは特定の遺伝子異常に伴うタイプのもので、家族や親戚に乳がん患者が多い方は注意が必要です。それ以外は生活習慣や体質など様々な要素が組み合わさって発生すると考えられています。乳がんだけに限りませんが、肥満や飲酒・喫煙もがんの発症リスクを高めます。また女性ホルモンにさらされる期間が長いほど発症リスクが高まることが知られているため、初経が早い、閉経が遅い、出産年齢が遅い、未出産、などの方はリスクが高めといえるでしょう。
こうしたことは自分ではコントロールできないので、やはり定期的な検診が重要です。2年に1度の受診が推奨されており、40歳以上になると自治体実施の乳がん検診が受けられます。
point2 手術前に薬物治療を行うことも
――乳がんになったとき、どのような治療が受けられるのでしょう。
基本的には手術と放射線療法、薬物療法の組み合わせになりますが、がんのステージやタイプによって治療の進め方が異なります。
タイプによって大きく変わるのは薬物療法です。発症に女性ホルモンが関わるホルモン受容体陽性の患者さんにはホルモンの働きを抑えるホルモン療法が効果的です。
一方、特定のたんぱく質HER2(ハーツー)が発症に関わる患者さんには、HER2をブロックする分子標的薬を使った治療が中心になります。2種類あるホルモン受容体とHER2のすべてが陰性のトリプルネガティブ乳がんの患者さんには抗がん剤治療が基本となりますが、最近は免疫チェックポイント阻害薬という新しい仕組みの薬も使われるようになりました。
――最近は手術前に薬物療法をすることも多いと聞きました。
術前・術後の薬物療法の主な目的は、体のどこかに潜むがん細胞(微小転移)を根絶して再発を予防し、より長い生存期間を目指すことです。手術前の薬物療法には転移・再発を防ぐことに加え、手術が困難ながんを手術できるようにしたり、がんを小さくして切除部分を少なくしたりする効果もあります。また、薬物療法の効果を判断しやすくし、術後の治療方針を決めるために行われることもあります。
――乳房再建術にも保険が適用になりました。
そうですね。まだ地域差はありますが、乳房再建を受ける患者さんは増えています。乳房全切除後の対応は乳房再建だけではありま
せん。温泉に行くことを重視する場合には貼り付けるタイプの人工乳房がありますし、服を着たときの左右差が気になる場合は補正用の下着という選択肢もあります。
それぞれの方法の利点・欠点をよく考え、その方が何を重視するかにより選択するとよいでしょう。
――療養生活が不安な方も多いようです。
乳がん患者さんには働き盛りの方も多く、仕事を続けられるか迷うケースもあると思います。一人で即断・即決はせず,まずは職場
の産業医や上司、担当医などに相談しましょう。抗がん剤治療などの期間を考慮し、例えば半年間休職し、その後体調を見ながら徐々に復帰するなど最適なプランを立てていただければと思います。治療や療養生活などに不安があれば「患者さんのための乳がん診療ガイドライン2023年版」(※3)も参考にしてください。
※1 国立がん研究センター運営「がん情報サービス」より
※2 国立がん研究センター「全院内がん登録2009 年10 年生存率、2013-14 年5 年生存率集計」
※3 日本乳癌学会作成 https://jbcs.xsrv.jp/guideline/p2023/