-働く人とそのご家族のための健康講座- 脳卒中とてんかん

医療技術の進歩や緊急医療体制の充実によって、脳卒中による死亡は減少しました。その半面、後遺症に悩む患者さんは増加傾向です。中でも脳卒中の後遺症の一つであるてんかんは気づかれにくく、認知症と取り違えられることも。自治医科大学附属病院病院長の川合謙介先生は、脳卒中の経験者に対し「後遺症であるてんかんには効果的な治療法があります。まずは医療機関で適切な検査を受けてください」と呼びかけます。

見逃しリスク高く 正しい理解を

脳卒中とてんかん 知っておきたい3ヵ条 脳卒中経験者のおよそ1割がてんかんに 高齢者ではてんかんと認知症との取り違いが多い てんかんに対する正しい知識と理解が重要

講師
川合 謙介 先生
自治医科大学附属病院
病院長・脳神経外科学講座 教授

point1  異変を感じたら、とにかく受診を

 ――脳卒中とはどういう病気ですか。
脳卒中とは、脳の血管の破れや詰まりによって、脳に障害が起きる病気です。破れた場合を脳出血、詰まった場合を脳梗塞と呼びます。手や足、顔の麻痺(まひ)やしびれ、激しい頭痛や、ろれつが回らなくなる、意識がなくなるといった症状が見られます。

 ――どういった治療が行われるのでしょうか。
以前、脳卒中は日本人の死因の第1位でしたが医療技術や医薬品の進歩、また緊急診療体制の充実により、命を取り留める患者さんが増えています。死因としても、がんや心疾患、老衰に次ぐ第4位となりました。
ただし、これは迅速な初期対応があってこそ。例えば、血栓を医薬品で溶かす方法や、血管の内側から直接取り出す手術があります。これらの治療は可能であれば発症後4時間半以内の出来るだけ早期に実施し、それ以降の脳細胞の障害を起こさせないことが重要です。
片側の手や足の麻痺やしびれ、言葉の異変などを感じたら、すぐに受診してください。間違っても「一晩様子をみてから……」などと考えてはいけません。わずかな時間が生死を分け、後遺症の有無を決めるのです。

 ──脳卒中の後遺症にはどのようなものがありますか。
脳卒中の後遺症は、大きく2つに分かれます。一つは発症時に現れた症状がそのまま続くもので、身体の麻痺やしびれ、言語障害、認知障害、嚥下(えんげ)機能の障害など。これらはリハビリテーションなどによって機能回復を図ります。
もう一つは発症時にはなかった症状が新たに出てくる続発性のものです。まず多いのがうつや意欲低下などの精神症状、そして関節や筋肉が固まったり、脳の感覚を伝える回路が異常を起こしたりすることなどにより発生する疼痛(とうつう)、そして脳が異常に興奮する性質を獲得してしまうことによって起こるてんかんなどです。脳卒中の後遺症としてのてんかんの発症は、患者さんの約1割で見られるといわれており、手足のけいれんなどの症状が表れます。自然には治りにくく、治療が必要になります。

手足のけいれん以外にてんかん発作を疑う症状:意識がなくなって、口・舌・唇をもぐもぐ・くちゃくちゃと動かす。意識がなくなって、意味もなく服を触るなど、手をもぞもぞ動かす。突然動作が止まり呼びかけても反応がない。意識がなくなって一点を見つめる。意識が短時間途切れる、発作のことを覚えていない。特定のできごとの記憶が抜け落ちるなど記憶がまばらになる。

point2  てんかんへの偏見、差別の払拭を

 ――脳卒中後のてんかんはどうして起きるのでしょうか。また、小児に多いてんかんとは異なるのでしょうか。
てんかんには、脳全体に過剰な電気的活動が起きる全般性のものと、脳の一部分に原因がある焦点性のものとがあります。先天的なてんかんは遺伝子異常などが原因のものが多く、全般性、焦点性のどちらもがあります。
一方、脳卒中後てんかんは、脳卒中で傷ついた脳の周辺部分が、その回復の過程で異常な電気的興奮を起こす性質を獲得するために起こる焦点性のものです。てんかんの発症年齢は、小児と高齢者が多いことが報告されています。小児では先天的な要因が、高齢者では脳卒中が要因となることが多いことが分かっています。

 ――症状はどのようなものですか。
異常な電気的興奮を起こす脳の領域に応じた体の部位に症状が出ます。例えば、手足を動かす領域に興奮が起きれば、手足がけいれんします。ただし、てんかんだとはっきり分かる症状ばかりが起きるわけではありません。例えば、身体を動かしているにも関わらず、意識は失っている。あるいは、ずっと一点を凝視し続ける。自動症といって、意味のない動きをする場合もあります(図)。
このため高齢者の場合、脳卒中後のてんかんを認知症と取り違えるケースが多くあります。心当たりがあるようなら、専門医を受診してください。診断には、脳の画像検査や、脳波検査が行われます。脳波検査は一般的には1時間ぐらいですが、そこで脳波の異常が見られなくても、さらに疑いがある場合は、てんかんセンターなど専門施設で長期脳波ビデオ同時記録を数日間実施して、症状や脳波を確認し、確定診断することもあります。

 ――治療にはどのようなものがありますか。
経口の抗てんかん薬によって、7割くらいの患者さんは改善します。また、65歳以上の高齢者においては8割以上という報告もあります(※)。この他、埋め込み型機器による電気刺激治療など様々な治療法が確立しています。
治療法の進歩の一方で残念なのが、てんかんという病気にはいまだに誤ったイメージや偏見、差別などがあることです。
そこで日本てんかん学会は、毎年患者団体であるてんかん協会と合同でメディアセミナーや各地域における一般の方々への情報発信の会を開催し、てんかんへの啓発を進めています。また、世界保健機関(WHO)は今年、てんかんなどの神経疾患への取り組みを促すアクションプランを開始しました。てんかんの正しい知識と理解が広がることを願っています。

※出典:Kwan P et al N Engl J Med 342(5) 314-319 2000

企画・制作=日本経済新聞社Nブランドスタジオ
2022年12月03日掲載

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