がんの患者さんの過半数が何らかの痛みを経験するといわれており、その痛みに強い不安や恐怖を感じる人も多いと思います。しかし現在では、早期から緩和ケアを受け、鎮痛薬などを適切に使用することで痛みをコントロールし、生活の質(QOL)を維持しながら治療生活を送られている患者さんが増えています。がんの痛みと治療について神戸大学医学部附属病院・緩和支持治療科特命教授の木澤義之先生にお話を伺いました。

積極的に痛みを取り、QOL向上を

講師
木澤 義之先生
神戸大学医学部附属病院
緩和支持治療科 特命教授
日本緩和医療学会 理事長

point1  我慢せずなるべく早く治療を

 ――がんの痛みはどのように起きるのでしょう。
がんが大きくなると正常な組織が圧迫されたり、組織が壊れたり、神経が押されたりして痛みが発生します。内臓などに発生すると鈍い痛み、骨に転移すると鋭い痛みを感じる人が多いようですが、がんの発生位置などによっては痛みを全く感じない人もおり、人によってその度合いは大きく異なります。
「がん自体によって起こる痛み」と「がん患者さんが感じる痛み」はイコールではないので注意が必要です。がん患者さんが感じる痛みには、「がん自体による痛み」以外にも椎間板ヘルニアや帯状疱疹(ほうしん)のような「がん以外の病気による痛み」、また手術後の傷の痛みや放射線治療、化学療法などの副作用として生じる「がん治療に伴う痛み」があり、その種類によって治療方法も異なるので適切に判断することが必要です。
神戸大学の調査では、痛みを訴えるがん患者さんのうち、「がん自体による痛み」は半数でした(図1)。

 ――我慢できる痛みはなるべく我慢した方がいいのでしょうか。
我慢せず、早めに痛みを軽くする治療を始める方がいいでしょう。なぜなら痛みが続いているのに我慢していると、脳の錯覚により痛みが治りにくくなってしまうのです。
例えば、故障などで止まっているエスカレーターに乗ろうとして、つまずくような感覚に襲われたことはありませんか。これは脳がエスカレーターはいつも動いているものと錯覚しているからです。同じことが痛みにも言えます。いつも痛みにさらされていると、本当は痛みが取れていても、脳が少しの刺激を痛みと感じるようになってしまうのです。痛みのある生活はつらいものですし、治療の妨げになることもあります。現在ではがんによる痛みを取り除く治療を積極的に受ける患者さんが増えてきました。

 ――どんな治療が行われるのでしょう。
がんによる痛みの治療には主に3つの方法があります。放射線治療、神経ブロック療法、薬物療法です。放射線治療は骨に転移したがんによる痛みなどで高い効果をあげています。神経ブロック療法は特定の神経の支配領域に痛みがある場合、その神経自体をブロックして痛みを軽減します。一般的に広く用いられているのが鎮痛薬による薬物療法です。
鎮痛薬は大きく2つに分けられます。がんによる軽度の痛みや、がん以外による痛みなどには主に解熱鎮痛薬と呼ばれる非オピオイド鎮痛薬が使用されます。そしてがんによる中程度から重度の痛みには医療用麻薬とも呼ばれるオピオイド鎮痛薬が主に使用されます。

point2  早期から緩和ケアを受け、良い療養生活を

 ――医療用麻薬には中毒や依存症になる心配はないのでしょうか。
適切に使用される限り、中毒や依存症になる心配はほとんどありません。がん患者さんではオピオイド鎮痛薬による依存が起こりにくいことが知られているため、がんによる痛みであれば同薬を積極的に使います。逆に非がん性の慢性疼痛(とうつう)に同薬を使うと依存症を起こす可能性があるため、がん以外の痛みについては同薬の使用をできる限り控え、非オピオイド鎮痛薬を使用することが基本となります。
米国などではオピオイド鎮痛薬が適切ではない治療や用途に使用された結果、依存症患者の増加やオピオイド関連死の増加など「オピオイド・クライシス」と呼ばれる危機的な状況に陥っています。一方、日本では同薬の使用について厳格に管理されていますので、この管理の状況が続けばそのような状況になる心配は少ないと思います。

 ――痛みをとる治療は緩和ケアで行われるのですか。
患者さんができる限り質の高い生活を送ることができるように支援する医療の形を緩和ケアと呼びます。痛みをやわらげることも緩和ケアで行われる治療の一つです。がん拠点病院などでは、主治医が緩和ケアや他の診療科の医師などと連携を取り、何が患者さんにとって一番いいのかを話し合いながら、チーム医療で治療を進めていきます。痛みに対する治療を早期から行うことでQOLが上がり、化学療法などがん自体の治療を長く継続できるようになることが期待されます。
また全国のがん拠点病院などでは精神的なつらさに対するケアも行われています。患者さん本人だけでなく、そのご家族も心の痛みや負担などを感じたら、ぜひご相談いただければと思います。

企画・制作=日本経済新聞社イベント・企画ユニット
2020年11月3日掲載

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