クラビット®開発ストーリー
孤独な戦いから生まれたもの
ポスト・タリビッドをつくれ
広範囲経口抗菌製剤クラビット(一般名:レボフロキサシン)は、1993年12月に発売された世界初の光学活性ニューキノロン系合成抗菌薬。その特長はなんといっても有効性と安全性にあります。強い抗菌力と適応症の広さから、多くの感染症に対し有効な薬剤として医療現場に定着し、現在世界100カ国以上で販売されています。しかし、その開発にはさまざまな苦難の道のりがありました。今回は、開発者のひとりである早川勇夫氏に、その誕生から開発・発売までの道のりと、開発にかけた想いをインタビューしました。
「他社のものより効かない」と言われた開発候補
早川氏
クラビットは、それ以前に開発されたタリビッド®の後継品として研究・開発されました。従って、クラビットの開発を語るには、タリビッドの研究開発ストーリーを避けて通る訳にはいきません。このタリビッドの開発も、クラビットの開発に負けず劣らず苦難の道をたどります。
始まりは1964年、アメリカのウィンスロップ・ラボラトリー社から導入、発売した「ウイントマイロン®(キノロン系合成抗菌薬)」をリード化合物とした自社研究開発でした。その際ふたつの化合物(DB-2563、DJ-6783)が1971年と1978年に開発候補品として臨床試験に進みましたが、新薬としては有効性が低いとの理由等で、途中で開発を断念しています。この時点で社内の一部には、キノロンの研究開発を中止したらという声もありました。
- 早川:
- 「『私につくらせてください』と言って研究に携わることになり、合成したDJ-6783が、とんとん拍子で臨床試験に進んだときには、まだ若く有機合成にしか興味のなかった私は『自分が携わった化合物が薬として世に出るかもしれない』と純粋に喜びました。ただ、そうことはうまく運ばず、治験先の先生から『抗菌力が強く、他社のものより血中濃度も高いのに、なぜか呼吸器感染症に効きが悪いようだ』と開発担当者が言われたと伝え聞いて、『なぜ?そんな事は無いだろう!』と思い、愕然としたのを覚えています。」
「もっといいものを作れ」と言われたクリスマス・イブ
結局、新薬としては有効性が低いという理由から、ドロップしてしまうことになったDJ-6783。一旦気落ちはしましたが、早川氏を奮い立たせたものは、何としてでも自分の手で薬を創ってみたいという、一度知ってしまった創薬研究に対する避け難い魅力でした。
- 早川:
- 「1979年のクリスマス・イブの日の夕方、評価系のリーダーが突然部屋に入ってくるなり『DJ-6783はドロップだ。もっといいものをつくれ!』と威丈高に言って出て行きました。後から考えると虚勢を張っていたのかもしれません。話を聞いたとき『ああ、やっぱりだめだったのだ。』と悟りました。それから本当の勉強が始まりました。それまでは合成の知識しかありませんでしたが、もっと広く創薬に関する知識を集めました。本当の意味で必死に勉強したときだと言えるかもしれません。他社のものの体内動態に関する研究も行い、ようやく血中濃度の高さだけが有効性を左右するのではないことが、理解できるようになってきたのです。」
従来のキノロンではだめだ
研究により、他社のものとDJ-6783とでは体内動態に大きな差があることがわかりました。それまでは抗菌力と血中濃度が高ければそれだけ効くと考えられていましたが、必ずしもそうではなく、キノロンはその好例であることがわかってきたのです。DJ-6783とほぼ同時に開発途上にあった他社のキノロンとの決定的な差を生み出していたものは、他社のキノロンは、酸性部位と塩基性部位の両方を持つ両性化合物であったこと。そしてもうひとつには、フッ素と隣接する塩基性部位とが活性の増強と物性の改善の両方に影響しているということでした。
- 早川:
- 「キノロン系抗菌薬は、DNAジャイレースを阻害することで細菌の増殖を妨げる作用が働きます。そこへ薬剤が届くためには血中濃度だけでなく、組織移行性の高さが重要となります。血中濃度と抗菌活性ばかりに注意が向いていた当時は、組織移行の重要性についての認識が薄かったのです。
他社のものの体内動態を測るなどし自社化合物と比較検討した結果、直感的に『このままでは他社のものに勝てない。今までの考え方でのキノロン改良ではだめなのだ。』と気付きました。当時会社は、従来の方法に基づいた考え方で、DJ-6783の後の候補化合物を探そうとしていましたが、私は、これまでに合成したキノロンに塩基性の置換基とフッ素をいれる新たな取り組みで進めようと決めたのです。DJ-6783は体内動態に問題がありドロップしてしまいましたが、抗菌活性は強い。これをベースに、後にニューキノロンと総称されることになる新たなキノロンをつくることを目標に、探索研究を行いました。」
すぐに始まったポスト・タリビッドの模索
そうしてDJ-6783のドロップ宣告から7ヶ月後、出来上がったのがオフロキサシン(タリビッド)です。1980年に始められた前臨床試験は迅速に進められ、1981年には臨床試験が開始されます。先行している他社のニューキノロンにくらべてグラム陽性菌に対する活性は4~8倍もの強さがあり、しかも人において極めて良好な体内動態であることにより、世界的にも評価される薬となりました。
この後、多くの会社がより優れたニューキノロンの開発を目指し、激烈な競争が展開されたため、当社もタリビッドの臨床試験に入って間もなく「ポスト・タリビッド」の検討が始まります。
- 早川:
- 「医療現場で高い評価を得ていたタリビッドと類似した構造で、タリビッドに匹敵する体内動態と高い安全性を備え、タリビッドを超える抗菌活性をもつニューキノロンをつくることは、会社の希望でもありました。しかし、タリビッドに対しては個人的にはひとつ気になることがありました。体内動態が優れているため逆に、軽い不眠の症状をもたらす可能性があったのです。この点が私の頭の片隅にずっと居座り続けました。」









